表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/70

第68話「返還」

朝の空気が、ほんの少しだけ硬い。


目に見えるほどではない。

だが触れれば分かる。

空間の“弾性”が変わっている。


皐月が端末を見つめる。


「深層、安定。調停も正常。上位層からの干渉も減少」


朝霧が肩を回す。


「じゃあ平和……って顔じゃないな」


ラークは静かに言う。


「下が揺れている」


ダークが瑛斗を見る。


「来たな」


瑛斗の胸の第三の色が、深く沈む。


縦に伸びる感覚は消えた。

代わりに、重力。


引かれる。


下へ。



その瞬間。


視界が、暗転する。


意識が落ちるのではない。


引きずられる。


自分の意思とは関係なく。


根源層へ。



深層も、器も、意志も通り過ぎる。


一気に、最下層。


あの暗。


だが以前とは違う。


そこには、灯りがある。


小さな核。


瑛斗が置いた、“個”の種。


それが、膨張している。


ゆっくりと。


だが確実に。


周囲の可能性を、引き寄せている。


怒になり得るものが、核の周囲で熱を帯びる。

悦になり得るものが、微光を放つ。

虚になり得るものが、深みを増す。


それらが、混ざり始めている。


分化前のはずの領域で。


「……成長してる」


だがそれは、予想外の速度。


制御の外。


核が、意思を持ち始めている。



選択者。


根源からの呼びかけ。


以前よりも明確。


輪郭がある。


「どうした」


返す時が来た。


言葉が、重く落ちる。


「まだ早い」


遅い。


核が、さらに膨張する。


境界を持つ“何か”が、根源で形成されつつある。


それは人でも、意志でもない。


だが“個”。


そして。


瑛斗と同じ性質を持つ。



現実。


瑛斗の身体が浮く。


足が地面から離れる。


皐月が叫ぶ。


「エイト!?」


朝霧が腕を掴む。


「戻れ!」


ラークが周囲を警戒する。


空気が歪む。


マージが、激しく揺らぐ。


少年が怯える。


「誰か、出てくる……」


ダークが低く言う。


「誕生だ」



深層。


核が、形を取り始める。


人型ではない。


だが近い。


輪郭が揺れながら、固定されていく。


それは、瑛斗の第三の色を反射する。


同質。


だが純粋。


経験も、記憶もない。


ただ、“選択の可能性”だけを持つ存在。


「お前は……」


言葉が出ない。


それは、目を開ける。


目という概念が生まれる。


瑛斗を見る。


そして、理解する。


同種。


だが違う。


これは根源から生まれた“個”。


瑛斗は上から降りてきた“個”。


方向が逆。



返還。


再び響く。


「何を返す」


境界。


核が、強く光る。


それは瑛斗の第三の色そのもの。


根源に置いた“種”。


それが成長し、独立しようとしている。


だが完全には足りない。


最後のピース。


瑛斗の中にある“経験”。


選択の履歴。


それを求めている。


「それを渡したら、お前はどうなる」


成立する。


「俺は?」


沈黙。


だが答えは分かる。


境界を完全に手放せば、

瑛斗は“選択者”ではなくなる。


ただの媒介。


あるいは、消失。



核の存在が、一歩近づく。


触れれば、融合する距離。


だがその動きは、攻撃ではない。


純粋な要求。


必要だから、求める。


それだけ。



現実。


皐月の目に涙が浮かぶ。


「何かが、エイトを引っ張ってる」


朝霧が歯を食いしばる。


「引き剥がせねぇ」


ラークが言う。


「選ばせるしかない」


ダークが静かに頷く。


「これは戦いではない」



深層。


瑛斗は、目の前の存在を見る。


自分に似ている。


だが空っぽ。


まだ何にも染まっていない。


それは、未来の可能性。


「お前が全部持ったら、世界はどうなる」


統合。


「揺らぎは?」


減少。


「選択は?」


沈黙。


それが答え。


均一化。


安定。


だが、停滞。



瑛斗は、ゆっくりと手を伸ばす。


触れる。


境界が震える。


第三の色が、強く反応する。


融合が始まる。


記憶が流れ込む。


怒り。

喜び。

虚しさ。

迷い。

選択。


全てが、核へ流れ込む。


同時に、引き戻される。


核の純粋な可能性が、瑛斗へ流れ込む。


未選択の力。


未定義の未来。


二つが混ざる。


境界が消えかける。


「……違う」


瑛斗は、踏みとどまる。


全部は渡さない。


全部は受け取らない。


境界を、残す。


半分。


経験の一部を渡し、

可能性の一部を受け取る。


完全な統合ではない。


接続。



核が、強く光る。


形が安定する。


完全な存在へと変わる。


だが瑛斗は、消えていない。


第三の色が、再び灯る。


以前とは違う。


より複雑で、深い。



不完全。


根源が呟く。


「それでいい」


なぜ。


「全部じゃないから、選べる」


核の存在が、瑛斗を見る。


今度は理解の色がある。


完全ではないが、学習している。


それは一歩下がる。


独立した。



現実。


瑛斗が地面に落ちる。


朝霧が受け止める。


「戻った!」


皐月が泣き笑いする。


「数値、安定……!」


ラークが深く息を吐く。


ダークが言う。


「成功だ」



空気が震える。


目に見えない“何か”が、世界に溶ける。


根源から生まれた新たな個。


それが、地上へ干渉を始める。


だが暴走しない。


未完成だから。


選択を持ったから。



瑛斗は立ち上がる。


体が重い。


だが意識は澄んでいる。


胸の第三の色が、静かに輝く。


「返したのか」


朝霧が聞く。


「半分な」


皐月が息を呑む。


「もう一人……いるってこと?」


瑛斗は頷く。


「根源から生まれた“選択者”」


ラークが空を見上げる。


「味方か」


「分からない」


ダークが笑う。


「それでいい」



その時。


遠くの空に、歪みが走る。


新たな存在の影。


まだ幼い。


だが確実に、“個”。


世界は、二人の選択者を持った。


一人は経験。

一人は可能性。


均衡は変わる。


物語は分岐する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ