第6話「異世界の言葉」
対話区画に、静かな緊張が満ちていた。
円形に配置された簡易テーブル。
その片側に地球側調査団、反対側にドラード側代表。
間には、見えない壁がまだ存在しているようだった。
「翻訳魔法は完全ではありません」
ミルスが、淡く光る魔法陣を維持しながら言う。
「専門用語や、感情の細かなニュアンスは欠ける可能性があります」
丸山が頷いた。
「それでも十分です。
“言葉が通じる”という事実が、何より重要だ」
⸻
最初の議題は、自己紹介。
「私は、松田美由紀。
地球側、日本の代表です」
松田の落ち着いた声に、
ラークは思わず背筋を正した。
(……この人、王族じゃないのに、王みたいだ)
次に、ダイクが口を開く。
「自由都市ギルド長、ダイク。
我々は国家ではなく、複数国にまたがる自治組織だ」
「“国”ではない?」
クリス・ロンドが眉をひそめる。
「軍を持たない国家、という理解で?」
ダイクは首を振った。
「軍も、国境もある。
だが、冒険者は“個”として契約する」
会場がざわつく。
(国家に属さず、武力を個人が持つ……?)
地球側の常識が、早くも揺さぶられていた。
⸻
次は、技術と力の説明。
地球側は、
電力、通信、銃器、人工衛星を紹介。
ドラード側は、
魔力、精霊契約、剣術、飛空艇。
「……待ってください」
皐月が、恐る恐る手を挙げた。
「魔力って……誰でも使えるんですか?」
ミルスが答える。
「素質次第です。
多くの者は微量、
一部は精霊と契約することで力を得ます」
「精霊……神?」
その言葉に、
ドラード側の空気が変わった。
「“神”ではない」
ラークが、静かに言う。
「だが、
世界の意思に最も近い存在だ」
その瞬間。
部屋の温度が、わずかに下がった。
瑛斗は、肌が粟立つのを感じた。
(……何か、いる)
⸻
「確認したい」
クリス・ロンドが、強い口調で言った。
「その“精霊”は、
我々に敵対する可能性は?」
沈黙。
ミルスは言葉を選んだ。
「精霊は、
世界の均衡を壊す存在を嫌います」
「それは……地球を指す?」
一瞬の沈黙の後。
「……否定は、できません」
その言葉が、火種になった。
地球側の軍関係者が、身を乗り出す。
「つまり、我々は“異物”だと?」
ラークが立ち上がりかける。
「違う!
だが……」
言葉が、噛み合わない。
空気が張り詰めた、その時。
――パリン。
誰も触れていないはずのグラスが、割れた。
風もないのに、紙が舞う。
「……魔力反応?」
ミルスの声が震える。
対話区画の天井に、
淡い光の粒が集まり始めていた。
「精霊……?」
ラークが息を呑む。
そこに、
子どものような声が響いた。
「ねえ」
「あなたたち、
ケンカしてる?」
空中に、
小さな少女の姿が浮かび上がる。
淡い光の髪。
透き通る瞳。
「……ルル?」
ミルスが呟いた。
精霊族。
風と水の狭間に生きる存在。
「世界、まだくっついたばっかりなのに」
ルルは、ぷくっと頬を膨らませる。
「壊したら、だめ」
場が、凍りついた。
地球側は、
“科学では説明不能な存在”を、
初めて目の前で見たのだ。
瑛斗は、無意識に一歩前に出た。
「……ごめん」
誰よりも先に、そう言った。
ルルは、瑛斗を見て、ぱちくりと瞬いた。
「……あなた」
近づいてきて、顔を覗き込む。
「不思議。
音が、きれい」
「音?」
「心の音」
ルルは、にっこり笑った。
「この人、
こわいけど、やさしい」
その一言で、
張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
だが――
遠く、誰にも感知されぬ深層で。
「……精霊が、動いたか」
魔王デイドは、闇の中で微笑んだ。
「いい。
世界が騒げば騒ぐほど――
歪みは、深くなる」
金色の光が、
彼の足元で脈打っていた。




