第36話「人である証」
朝は、来た。
だが、瑛斗の中では“朝”という感覚がほとんど意味を失っていた。
光は、ただの波。
音は、数値。
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医療区画。
瑛斗は、目を開けたまま横たわっている。
眠らない。
瞬きもしない。
「……反応なし」
医療班の声。
「感情刺激、すべて無効」
「……心拍は、安定」
「安定しすぎている」
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皐月は、ベッドの横に座っていた。
何時間か、分からない。
「……おはよう」
返事は、ない。
「……ねえ」
「怒っていいよ」
「泣いてもいい」
「……私に」
声が、震える。
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瑛斗は、天井を見ていた。
(……誰かが、話してる)
(……それは、分かる)
(……でも)
“嬉しい”
“悲しい”
そういう区別が、ない。
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皐月は、彼の手を取る。
触れると、微かに冷たい。
「……触れるよ」
「……消えないで」
瑛斗の指が、わずかに動いた。
それだけ。
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その瞬間。
精霊界が、ざわめく。
「……反応?」
ルルが、目を見開く。
「……今の」
「選択核が、自発振動」
パラケルススが、低く言う。
『……他者由来の、干渉』
『王権ではない』
『関係性だ』
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皐月は、知らない。
ただ、続ける。
「……覚えてる?」
「私たち、駅で」
「終電、逃して」
「……笑った」
言葉は、過去の破片。
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瑛斗の胸。
核が、微かに熱を帯びる。
(……これは)
(……名前)
「……さ……」
声が、掠れる。
皐月が、息を呑む。
「……なに?」
「……さつ……」
言葉は、途切れる。
だが――
確かに。
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司令部。
解析班が、叫ぶ。
「……感情波形!」
「微弱ですが、回復!」
松田首相は、立ち上がる。
「……可能性は?」
「……あります」
「“人としての結びつき”が」
「核を、引き戻しています」
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虚界。
ダークは、画面を見つめていた。
「……なるほど」
「世界ではなく」
「人が、引き留めるか」
彼は、小さく笑う。
「……なら」
「それごと、壊そう」
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夜。
瑛斗は、ベッドに座っていた。
一人では、起き上がれない。
皐月が、支える。
「……分かる?」
瑛斗は、少し考えてから頷いた。
「……名前」
「……皐月」
皐月の目から、涙が落ちる。
「……それで」
「……十分」
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パラケルススは、静かに言った。
『人である証は、能力ではない』
『他者に、呼ばれることだ』
瑛斗は、その言葉を理解できない。
だが。
胸が、少しだけ痛んだ。
それが――
“感情”だった。




