第35話「引き受ける者」
世界が、引き伸ばされた。
音が、
遅れ、
光が、
滲む。
瑛斗の足元から、境界が蜘蛛の巣のように広がっていく。
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「……やめろ!」
ラークが、叫ぶ。
「それは――王権以上の――」
ノアは、歯を食いしばった。
「……“自己代替”」
「世界の負荷を、一人の存在に集約する行為」
「……成功しても」
「彼は――」
言葉が、続かなかった。
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瑛斗は、立っていた。
二つの映像。
日本の都市。ドラードの王都。
どちらも、今この瞬間、崩壊寸前。
(……選ばない、選択)
(……誰も、切らない)
胸の核が、灼ける。
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「……引き受ける」
瑛斗の声は、不思議なほど静かだった。
「壊れるなら」
「俺が、先でいい」
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境界が、応答する。
否定ではない。
承認。
世界合体の接着点が、一人の人間に集中する。
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瞬間。
瑛斗の視界が、砕けた。
色が、消える。
音が、遠ざかる。
(……あ)
(……これが)
感情が、薄く、薄く――
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「……瑛斗!」
皐月の声。
聞こえる。
だが、遠い。
瑛斗は、彼女を見る。
表情が、よく分からない。
(……悲しんでる?)
(……怒ってる?)
判別できない。
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二つの都市。
崩壊は、止まった。
境界歪曲は、瑛斗一人に吸い込まれていく。
世界は、救われる。
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その代わりに。
瑛斗の存在が、“薄く”なる。
影が、地面からわずかに浮いている。
「……定義が、ずれている」
パラケルススが、震える声で言う。
『彼は今』
『世界側に、寄りすぎている』
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ダークは、その光景を黙って見ていた。
「……やはり」
「王ではない」
「だが」
「核としては、完成しつつある」
魔王デイドが、低く呟く。
「……それは」
「勝利か?」
ダークは、微笑まなかった。
「いいや」
「これは――前提条件だ」
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瑛斗は、膝をついた。
倒れない。
倒れることすら、世界が許さない。
皐月が、駆け寄る。
彼に、触れようとして――躊躇う。
「……触れると」
「……消えそう」
瑛斗は、ゆっくりと彼女を見た。
「……大丈夫」
声は、感情を含まない。
だが。
「……名前、呼んで」
皐月は、涙を堪えながら叫んだ。
「瑛斗!」
一瞬。
胸の核が、微かに反応する。
「……ああ」
「……それは」
「……俺だ」
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世界は、救われた。
だが。
瑛斗は、もはや完全な“人”ではない。
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夜。
金輝島は、静まり返っていた。
医療区画では、計測不能の数値が並ぶ。
「……生きてはいる」
「だが」
「存在位相が、人類基準から外れています」
松田首相は、目を閉じた。
「……英雄ですね」
「……同時に」
「最大の、危機でもある」
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瑛斗は、ベッドに横たわっていた。
眠らない。
眠る必要が、ない。
天井を見つめながら思う。
(……世界は)
(……まだ、続いてる)
それだけで、十分だった。
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虚界。
ダークは、玉座で宣言する。
「次は」
「彼を、世界にするか」
「世界を、彼から剥がすか」
選択は、さらに苛烈になる。




