第31話「王ではなく」
警報音は、すでに止んでいた。
だが、空気は張り詰めたまま。
金輝島・外縁区域。
歪んだ境界が、薄く脈打っている。
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「……規模は小さい」
ラークが、周囲を見渡す。
「魔族でも、精霊でもない」
皐月は、瑛斗を見る。
「……行ける?」
瑛斗は、一度だけ胸に手を当てた。
(……大丈夫)
「……王権は、使わない」
「……人として、行く」
その宣言に、ラークは小さく息を吐いた。
「……それでこそだ」
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歪みの中心。
影のような存在が、滲み出ていた。
形は、人に近い。
だが、中身がない。
「……境界残滓」
精霊族ルルが、低く言う。
「王権の余波で、生まれた」
「……放置すれば、拡大する」
瑛斗は、剣を抜く。
(……怖い?)
胸の内を探る。
――薄い。
だが。
(……守りたい)
その感覚は、まだ、確かだった。
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「……来る!」
皐月の声。
残滓が、一気に膨張する。
攻撃は、不規則。
瑛斗は、身体を低くし、直感で動く。
感覚は、鈍い。
だから――
考える。
一手ずつ、選ぶ。
「……今!」
皐月の指示。
瑛斗は、剣を振り抜く。
切断。
残滓が、悲鳴を上げる。
だが、完全には消えない。
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「……押し切れない!」
ラークが、踏み込む。
「瑛斗!」
その瞬間。
瑛斗の胸に、衝撃。
吹き飛ばされ、地面を転がる。
視界が、白む。
(……王権なら)
(……一瞬で)
だが――
歯を食いしばる。
「……使わない!」
立ち上がる。
膝が、笑う。
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皐月が、前に出る。
「……下がって!」
彼女の手に、小型魔導具。
閃光。
残滓の動きが、鈍る。
「……今だ!」
瑛斗は、最後の力で剣を突き立てた。
核が、砕ける。
歪みが、静まる。
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沈黙。
波の音が、戻ってくる。
瑛斗は、その場に座り込んだ。
「……はぁ……」
ラークが、肩を叩く。
「……勝ったな」
瑛斗は、苦笑した。
「……ギリギリ」
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皐月が、そっと言う。
「……怖かった?」
瑛斗は、少し考えてから答えた。
「……分からない」
「でも」
「……逃げたくは、なかった」
皐月は、頷いた。
「それで、十分」
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司令部。
報告を受けた松田首相は、深く息を吐いた。
「……王でなくても、戦える」
「……それが、一番危険で」
「……一番、希望ですね」
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虚界。
ダークは、微笑んだ。
「……いい」
「王が、王を降りる」
「なら次は――」
「奪いに行こう」
虚界の空が、歪む。
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金輝島。
夜。
瑛斗は、剣を拭きながら呟いた。
「……王じゃなくても」
「……俺は、選べる」
境界は、答えない。
だが。
確かに、彼の足元は揺れていなかった。




