第30話「残されたもの」
朝の光は、以前よりも静かだった。
眩しさも、温度も、どこか遠い。
瑛斗は、それでも空を見上げていた。
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金輝島・訓練区画。
「……反応、遅れてるぞ」
ラークの声。
模擬戦の動きに、わずかなズレ。
致命的ではない。
だが――
確実な差。
「……悪い」
瑛斗は、剣を下ろす。
「感覚が、追いつかない」
ラークは、真剣な顔で言った。
「……それでも、お前は戦える」
「だが」
「長くはない」
その言葉は、残酷で、正確だった。
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司令部。
松田美由紀は、資料を閉じる。
「王権使用制限を、正式に設けます」
「強制ではありません」
「……お願いです」
彼女の声は、震えていた。
「これ以上、彼を削らないでください」
沈黙。
誰も、反論できなかった。
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医療区画。
瑛斗は、点滴を外しながら言った。
「……制限、受けるよ」
皐月が、驚く。
「……本当に?」
瑛斗は、頷いた。
「……使わない、じゃない」
「“頼らない”」
「……選択は、残す」
皐月は、目を潤ませながら笑った。
「……それ、瑛斗っぽい」
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夜。
金輝島の灯りが、海に揺れる。
瑛斗は、皐月と並んで座っていた。
「……もしさ」
瑛斗が、ぽつりと言う。
「全部、なくなったら」
「感情も、記憶も」
「……それでも、俺は俺かな」
皐月は、即答した。
「ううん」
「でも」
「私が、そう呼ぶ」
「それでいいでしょ」
瑛斗は、
少し考えて――
頷いた。
「……ありがとう」
その言葉に、確かな温度。
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虚界。
ノアは、禁域の扉の前に立っていた。
「……ここを、越えたら」
「戻れない」
それでも。
彼女は、鍵を回した。
「……それでも」
「壊れるのは、見たくない」
禁域の奥で、古い装置が目を覚ます。
“境界代償干渉機構”。
本来、王を縛るためのもの。
だが――
使い方次第で。
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ダークは、遠くでそれを感じた。
「……ノア」
「余計なことを」
だが、止めなかった。
「……面白い」
「王も、観察者も」
「どこまで、人でいられる?」
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金輝島。
警報。
だが――
今回は、大きくない。
小規模な境界歪曲。
瑛斗は、立ち上がった。
「……行く」
皐月が、頷く。
「……今回は」
「一緒に」
二人は、手を取った。
王権に頼らず、人として。
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瑛斗は、胸に手を当てる。
(……まだ、ある)
(……これが)
(……残されたもの)
境界は、静かに応えた。




