第3話「言葉なき邂逅」
――最初に感じたのは、違和感だった。
空気が、重い。
湿度でも、気圧でもない。
まるで世界そのものが、深呼吸を忘れているような感覚。
「……ねえ、瑛斗」
河合皐月は、無意識に瑛斗の袖を掴んでいた。
「ここ、本当に……日本、だよね?」
そこは、確かに日本のはずだった。
太平洋上に突如出現した“新島”。
だが、彼らが立っている場所には――
・見たことのない服装の人間
・宙に浮かぶ小型船
・背中に剣を背負った青年
・明らかに“魔法っぽい”雰囲気の少女
「……夢じゃ、ないよな」
田中瑛斗は喉を鳴らした。
目の前に立つ二人――
金髪に近い髪色の青年と、銀髪の少女。
コスプレ?
映画撮影?
そう言い聞かせようとしたが、否定する要素が多すぎた。
青年の腰にある剣は、本物の刃の光を放っている。
少女の周囲には、目に見えない“揺らぎ”が漂っている。
何より――
彼らの目が、あまりにも真剣だった。
⸻
「……通じない、か」
ラークは小さく呟いた。
彼の言葉は、瑛斗たちには意味を成さない。
ただ、低く落ち着いた声だけが届く。
ミルスは一歩前に出た。
「敵意は……ない、と思う」
そう言って、ゆっくりと両手を上げる。
武器を持っていないことを示す、ドラードでは一般的な合図。
だが、地球側では違った。
「瑛斗、後ろ……!」
皐月が息を呑む。
彼らの背後には、すでに自衛隊員たちが展開していた。
銃口が、ラークとミルスに向けられる。
「対象を包囲!
不用意な接触は禁止だ!」
拡声器越しの声が、島に響く。
ラークは、初めて理解した。
(……これは、戦場の構え)
剣に手をかけそうになり、
ミルスが慌てて彼の腕を掴んだ。
「ダメ!
あの武器……魔力じゃない!」
「え?」
「“力”の質が違う。
あれは……一撃で、命を奪う」
ラークは歯を食いしばった。
(魔法も、剣も通じない世界……?)
⸻
その様子を、少し離れた場所から見ていた人物がいる。
日本首相・松田美由紀。
彼女はモニター越しに、現場の映像を見つめていた。
「……彼らは、“人間”ね」
「はい」
国際連合代表・丸山が答える。
「DNA構造は未解析ですが、外見上は完全に人類です。
ただし、未知のエネルギー反応を常時確認しています」
「攻撃意思は?」
「今のところ、確認されていません」
松田は、静かに言った。
「……銃を下げさせて」
「首相?」
「これは“侵略”じゃない。
遭遇事故よ」
彼女の脳裏には、金色の粉が降ったあの日の空がよぎっていた。
(この世界は……
もう、以前の地球じゃない)
⸻
現場。
銃口が、ゆっくりと下げられる。
瑛斗は、思わず一歩前に出ていた。
「……あの」
当然、通じない。
だが彼は、胸に手を当て、言った。
「田中瑛斗。
……人間、です」
ラークは一瞬、驚いたように目を見開き、
同じ動作を真似た。
「ラーク。
……ヒューマ族だ」
言葉は通じない。
意味も、分からない。
それでも。
互いの胸に手を当てる、その仕草だけで――
敵ではないことが、確かに伝わった。
ミルスは、空を見上げた。
金色の光が、まだ微かに漂っている。
「……ねえ、ラーク」
「なんだ」
「この世界……
たぶん、もう戻れない」
ラークは、瑛斗を見つめた。
剣も、魔法も知らない少年。
それでも、恐怖を押し殺して前に出てくる目。
「……ああ」
彼は、確信していた。
この出会いが、
やがて国家を動かし、
神を揺るがし、
魔王と魔神を呼び起こすことを。
まだ誰も、知らないまま。
二つの世界は、
静かに――
同じ地面を踏み始めていた。




