第29話「代償の輪郭」
目を閉じると、世界が、少し足りない。
瑛斗は、それをはっきりと自覚していた。
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医療区画。
モニターに映る数値が、静かに点滅する。
「……視覚野の反応低下」
「聴覚も、一部欠損」
医療班の声は、淡々としていた。
「人としての、知覚が」
「……少しずつ、削られています」
皐月は、唇を噛む。
「……治らない?」
医師は、首を振った。
「王権による代償は――」
「“治癒”の対象外です」
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瑛斗は、天井を見つめたまま言った。
「……色が、減ってる」
「赤と、青は分かる」
「でも」
「間が、曖昧だ」
皐月の手が、震える。
「……それでも、見えてる」
「私の顔は?」
瑛斗は、微笑んだ。
「……ちゃんと」
「皐月って、分かる」
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精霊界の境域。
パラケルススは、厳しい表情で告げた。
『王権は、“存在”を削る』
『最初は、感覚』
『次は――』
言葉を、飲み込む。
『感情だ』
沈黙。
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「……感情?」
ラークが、低く問う。
『喜び、怒り、恐怖』
『それらが、薄れる』
『王が、世界に近づくほど』
皐月は、強く拳を握る。
「……そんなの」
「人じゃ、なくなる」
『それでも』
パラケルススは、静かに続ける。
『王は、選び続けている』
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その夜。
瑛斗は、一人で歩いていた。
金輝島の、外縁。
波の音。
……いや。
(……小さい)
(前より、遠い)
感覚が、鈍っている。
(……怖い)
そう思った瞬間――
自分の胸に違和感。
(……あれ?)
怖さが、薄い。
「……もう、始まってる」
呟きは、風に消えた。
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皐月が、追いつく。
「……一人で、行かないで」
瑛斗は、振り返る。
その表情は、穏やかすぎた。
「……心配、してる?」
皐月は、息を呑む。
「……してるよ!」
「当たり前でしょ!」
瑛斗は、少し首を傾げる。
「……そう、なんだ」
「胸が、あまり……」
言葉が、続かない。
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皐月は、強く彼を抱きしめた。
「……忘れないで」
「怒ってもいい」
「怖がってもいい」
「全部、人なんだから!」
瑛斗は、その温もりを確かめるように腕を回した。
(……温かい)
(……まだ、分かる)
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虚界。
ノアは、境界観測室にいた。
画面に映る、瑛斗の波形。
「……削れてる」
彼女は、唇を噛む。
「……これ以上、進ませない」
ノアの瞳に、決意。
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ダークの玉座。
報告を聞き、彼は静かに言った。
「……順調だ」
「王は、人を手放し始めている」
魔王デイドが、低く問う。
「……それで、満足か」
ダークは、首を振る。
「まだだ」
「最後に残るものを」
「壊さねば、意味がない」
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金輝島。
夜明け。
瑛斗は、朝日を見ていた。
色は、少ない。
だが。
「……綺麗、だな」
その言葉に、感情はまだ、乗っていた。




