第27話「引き金」
それは、偶然ではなかった。
むしろ――
用意されていた。
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地球、太平洋上空。
観測衛星が、異常値を捉える。
「境界歪曲、急上昇!」
「地点――日本近海!」
警報が、金輝島に鳴り響く。
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司令部。
松田美由紀は、即座に判断を下す。
「瑛斗を――」
言葉が、途中で止まる。
「……連絡が、繋がらない」
その沈黙は、重かった。
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精霊界の境域。
皐月は、膝をついていた。
「……まだ、届かない」
精霊神パラケルススが、低く告げる。
『王は、虚界に引かれている』
『だが――』
『歪曲は、王不在でも起きている』
「……つまり」
皐月は、顔を上げる。
「誰かが、意図的に?」
『然り』
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虚界。
中枢塔の奥深く。
瑛斗は、強烈な違和感に足を止めた。
「……今、何か起きた」
胸の“鍵”が、激しく鳴る。
(……地球?)
ノアが、顔色を変える。
「……境界核が、乱れてる」
「王が、ここにいるのに?」
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同時刻。
ダークは、別の塔にいた。
巨大な魔法陣。
そこには――
魔王デイドの姿。
「……本当に、やるつもりか」
デイドの低い声。
ダークは、冷静に答える。
「王は、迷っている」
「なら」
「決断材料を、与えるまでだ」
「……犠牲が、出るぞ」
「必要な、“重み”だ」
ダークの瞳は、一切揺れなかった。
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地球。
海上に、裂け目が開く。
そこから現れたのは、魔神族ではない。
異形の混合存在。
精霊と魔の、不完全な融合体。
「……そんな」
ラークが、歯を食いしばる。
「王権なしで、止められるか?」
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虚界。
瑛斗は、理解した。
(……引き金)
(俺を、選ばせるための)
拳を、強く握る。
「……ダーク!」
怒りが、胸を焼く。
ノアが、必死に言う。
「……行ったら」
「あなたは、また削られる!」
瑛斗は、振り返る。
「……知ってる」
「でも」
「知らないふりは、できない」
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“鍵”が、激しく輝く。
境界が、震える。
虚界と現界を繋ぐ、一時的な細道。
『王よ』
精霊神たちの声が、重なる。
『戻れば、代償は避けられぬ』
瑛斗は、一歩踏み出す。
「……それでも」
「俺は、選ぶ」
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地球側。
皐月が、その気配を感じ取った。
「……来る」
彼女は、立ち上がる。
「……今度は」
「私も、一緒に戦う」
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虚界の空。
ダークは、裂け目を見つめていた。
「……王」
「それでいい」
「その選択こそが」
「壊れる道だ」
魔王デイドは、低く呟く。
「……本当に、止まらなくなるぞ」
ダークは、静かに答えた。
「だからこそ」
「終わりにできる」
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境界の細道で。
瑛斗は、一瞬だけ振り返る。
ノアが、そこに立っていた。
「……行っても」
「戻ってきますか?」
瑛斗は、はっきりと言った。
「……戻る」
「約束は、できないけど」
「……意思は、捨てない」
ノアは、涙をこらえて頷いた。
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境界が、閉じ始める。
引き金は、引かれた。
世界は――
再び、王を求めて動き出す。




