第25話「魔神族の日常」
虚界の朝――
あるいは、それに近い時間。
空の裂け目の光が、ゆっくりと色を変える。
それが、この世界の“朝”の合図だった。
「……起きてます?」
控えめな声。
瑛斗が振り向くと、ノアが扉の前に立っていた。
「案内、許可が出ました」
「虚界の“街”を」
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「……見学?」
瑛斗は、少し警戒しながら言う。
「はい」
ノアは、当たり前のように頷く。
「安定装置でも」
「囚人でも」
「生活は、必要ですから」
その言い方が、
あまりに自然で――
瑛斗は言葉を失った。
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街に出ると、昨日よりもはっきりと見えた。
虚界の住民たち。
魔神族は、恐ろしい存在ではなかった。
鍛冶屋で武器を打つ者。
食料に近いエネルギーを取引する者。
路地では、小さな魔神族の子が転び――
泣きそうになっている。
「……」
瑛斗は、無意識に歩み寄った。
手を差し出す。
子どもは、
一瞬だけ怯み――
それから、掴んだ。
ノアが、微笑む。
「怖がらないんですね」
「……人と、変わらない」
瑛斗の言葉は、自分でも驚くほど静かだった。
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市場。
奇妙な果実。揺らめく結晶。
「これは?」
瑛斗が問うと、店主の魔神族が肩をすくめる。
「滋養物だ」
「人間には、少し重いかもな」
ノアが、小声で補足する。
「魔神族は、侵略のために生まれたわけじゃない」
「生き延びるために、戦ってきただけ」
その言葉が、胸に引っかかる。
(……地球も、同じだ)
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昼――
に相当する時間。
中央広場では、集会が開かれていた。
壇上に立つのは、ダーク。
「……王?」
瑛斗は、眉をひそめる。
ダークは、群衆に向けて言う。
「侵攻は、当面停止だ」
ざわめき。
「王が、ここにいる」
「境界は、安定している」
「無意味な戦は、行わない」
不満の声。
安堵の声。
どちらも、確かに存在した。
⸻
集会後。
瑛斗は、ダークに近づいた。
「……見せたかったのか」
ダークは、否定しない。
「君が、“人”である限り」
「理解は、武器になる」
瑛斗は、拳を握る。
「……俺は」
「ここを、壊しに来たわけじゃない」
「でも」
「侵略を、許す気もない」
ダークは、微笑む。
「その矛盾を、抱えられるなら」
「君は、まだ人だ」
⸻
夜。
居住区。
瑛斗は、窓辺に座り込む。
今日見た光景が、頭から離れない。
(……俺は、何を守る)
その時。
胸の“鍵”が、微かに鳴った。
遠く――
地球の感触。
皐月の、気配。
「……まだ、繋がってる」
だが。
ノアが、静かに言った。
「……王」
「ここに、長くいれば」
「帰りたい理由が、曖昧になります」
瑛斗は、彼女を見る。
「……ノアは?」
ノアは、少し考えてから答えた。
「私は」
「この世界を、壊されたくない」
「でも」
「あなたが、壊れるのも、見たくない」
沈黙。
瑛斗は、小さく息を吐いた。
「……優しいな」
ノアは、首を振る。
「観察です」
「でも」
「感情が、混じってきました」
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その頃。
地球。
境界歪曲が、再び微細に増加する。
精霊神パラケルススが、低く告げる。
『王が、馴染み始めている』
『危険な兆候だ』
選択は、静かに――
だが確実に、次の段階へ進んでいた。




