第24話「虚界への旅路」
境界を越えた瞬間。
音が、消えた。
色も、温度も、方向さえも曖昧になる。
瑛斗は、“落ちている”感覚のまま、立っていた。
「……ここが、虚界」
空は、夜でも昼でもない。
地平線は、折れ曲がり、遠くで世界が自分自身を喰っている。
「歓迎しよう、王よ」
背後から、声。
振り向くと、そこにダークが立っていた。
玉座も、威圧もない。
ただ――
人に近い姿。
「……随分、普通だな」
瑛斗の言葉に、ダークは笑う。
「そう見せているだけだ」
「君の精神に、最適化してな」
⸻
歩き始めると、虚界の“街”が見えてきた。
奇妙な建築。
生き物のように脈打つ壁。
だが――
「……?」
瑛斗は、足を止めた。
魔神族たちが、普通に暮らしている。
商い。
会話。
子どもの姿さえある。
(……戦うだけの存在、じゃない?)
ダークは、その視線に気づく。
「意外か?」
「我々も、“生きている”」
⸻
巨大な中枢塔。
そこで、“契約”が始まる。
「侵攻は、止める」
ダークは、はっきりと言った。
「だが」
「境界の歪みは、消えない」
「君が、ここにいる限り」
瑛斗は、問い返す。
「……俺を、どうする」
ダークは、淡々と答えた。
「安定装置だ」
「君が存在するだけで、境界は静まる」
「戦わずとも、世界は保たれる」
瑛斗の胸が、重くなる。
「……檻じゃないか」
「似ているが、少し違う」
ダークは、微笑む。
「君には、自由を与える」
「この世界の中で、な」
⸻
そのとき。
瑛斗の胸の“鍵”が、微かに熱を持った。
(……反応してる)
虚界は、完全な閉鎖ではない。
⸻
案内された居住区。
豪奢だが、異様に静か。
「……王様待遇、ってやつか」
瑛斗は、皮肉を言う。
ダークは、扉の前で立ち止まる。
「忠告だ」
「この世界を、善悪で測るな」
「測った瞬間」
「君は、壊れる」
そう言い残し、去っていった。
⸻
夜――
のような時間。
瑛斗は、窓の外を見ていた。
虚界の空に、星はない。
代わりに、無数の裂け目。
(……帰れる、のか)
鍵の感触を、確かめる。
その時。
「……こんばんは」
柔らかな声。
振り返ると、一人の魔神族の少女が立っていた。
角は小さく、瞳は澄んでいる。
「私は、ノア」
「デーモンロード直属の、観察係」
瑛斗は、警戒する。
「……監視役?」
ノアは、首を振った。
「友人役、です」
少し、困ったように笑う。
「……一人だと、壊れちゃうから」
その言葉が、胸に刺さった。
⸻
遠く、地球。
皐月は、空を見上げていた。
「……早く、帰ってきなさいよ」
誰にも聞こえない声。
だが――
境界は、確かに応えていた。




