第2話「ドラードの少年」
その日、空は――割れた。
正確には、裂けたと言ったほうが近い。
青かったはずの空の中央に、金色の亀裂が走り、世界そのものが悲鳴を上げた。
「……また、か」
丘の上でそれを見上げていた青年は、剣を背負ったまま小さく息を吐いた。
ラーク。
21歳。
ヒューマ族の青年であり、ドラード中央大陸・自由都市圏に属する冒険者だ。
「最近、空が騒がしすぎる」
隣で同じく空を見ていた少女が、眉をひそめる。
「“最近”で片づけていい現象じゃないと思うけど」
ミルス。19歳。
魔力感知に長けたヒューマ族の少女で、ラークとは同じギルドに所属している。
彼女の指先が、かすかに震えていた。
「魔力反応……今までに感じたことがない。
精霊でも、魔族でもない……何か、別の“層”」
ラークは黙って空を見つめた。
金色の裂け目から、光の粒子がゆっくりと降り注いでいる。
それは触れれば消え、消えたはずなのに、空気に“重さ”だけを残していった。
「……世界が、重なってる」
ミルスがぽつりと言った。
ラークは彼女を見た。
「何だって?」
「昔、ギルドの古文書で読んだの。
“世界融合現象”――複数の世界が、境界を失う前兆」
その瞬間、地面が揺れた。
ドォン、という鈍い音が、遠くから伝わってくる。
丘の向こう――
海だったはずの場所に、巨大な影が浮かび上がっていた。
「……島?」
いや、違う。
それは、島というより――
**“突然、そこに現れた大地”**だった。
⸻
数時間後。
自由都市ギルド本部は、かつてない緊張に包まれていた。
「確認された異変は三つ!」
ギルド長ダイクが、重厚な声で告げる。
「一、空間裂傷の発生
二、未知の魔力体系の流入
三、東海域に突如出現した新大陸級地形」
冒険者たちがざわめく。
「新大陸だと……?」
「魔族の仕業じゃないのか」
「いや、魔王デイドならもっと禍々しいはずだ」
ダイクは机を叩いた。
「静まれ!」
一瞬で空気が張り詰める。
「今回の件、魔王デイドでも、精霊神でもない。
――完全に未知の存在が関与している」
その言葉に、ラークの背筋が冷えた。
「そこでだ」
ダイクは視線をラークとミルスに向けた。
「お前たち二人、偵察任務だ。
新たに出現した島――いや、“異界領域”の調査を命じる」
ミルスが一歩前に出る。
「ギルド長、あそこは……危険すぎます。
魔力の性質が、ドラードの法則から外れてる」
「だからこそだ」
ダイクは静かに言った。
「誰かが、最初に踏み込まねばならん」
ラークは一瞬だけ迷い、そして頷いた。
「……了解しました」
そのとき、彼はまだ知らなかった。
その島の向こう側に、
剣も魔法も存在しない世界があることを。
⸻
夜明け前。
二人は小型飛空艇で、問題の島へ向かった。
近づくにつれ、景色が歪む。
「……変だ」
ラークは目を細めた。
「山の形が……見たことない。
岩も、木も、全部が直線的すぎる」
ミルスは目を見開いた。
「建造物……?
石でも、木でもない素材……金属?」
やがて、霧を抜けた先に――
信じられない光景が広がった。
整然と並ぶ四角い建物。
空へ伸びる塔。
地面を走る黒い道。
そして。
「……人?」
そこには、武器も魔力も持たない人間たちがいた。
布の服を着て、奇妙な箱を手にし、
こちらを見て、驚愕の表情を浮かべている。
ラークの心臓が跳ねた。
(ヒューマ族……?
いや、違う。
魔力が……“空っぽ”だ)
その瞬間。
向こう側から、少年と少女が近づいてきた。
少年――田中瑛斗。
少女――河合皐月。
互いに、言葉は通じない。
だが、視線が交わった瞬間。
ラークは理解した。
(この出会いが――
世界を、元には戻さない)
空で、再び金色の光が脈動した。
二つの世界は、
もう後戻りできないほど――
重なり始めていた。




