第15話「王の器」
翌朝。
金輝島の空は、不自然なほど澄み切っていた。
嵐の後の静けさ――
だが誰も、それを安らぎとは感じていない。
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国連緊急会合。
世界各国の代表が、画面越しに瑛斗を見ていた。
少年一人に向けられる視線としては、あまりにも重い。
「彼が判断した結果、一つの村が消えた」
ある国の代表が、冷たく言い放つ。
「だが、都市部は救われた」
別の代表が反論する。
「それは結果論だ」
「次は、我々の国が“切り捨てられる”側になるかもしれない」
ざわめき。
松田美由紀は、静かに立ち上がった。
「……その恐怖は、正しい」
「だからこそ、彼一人に押し付けることは許されない」
「しかし」
クリス・ロンドが、現実を突きつける。
「境界は、彼の意志を中心に動いている」
「世界は、すでに彼を“基準”として扱い始めている」
沈黙。
その言葉の意味は、誰もが理解していた。
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金輝島・隔離区画。
瑛斗は、一人で座っていた。
(……王の器、か)
誰かが、そう呼んだ。
望んだことは、一度もない。
扉が、ノックされる。
「入るよ」
皐月だった。
「……寝てないでしょ」
「まあね」
瑛斗は、苦笑した。
「目、完全に王様のそれ」
「やめてくれ」
「冗談」
皐月は、隣に腰を下ろす。
「……怖い?」
瑛斗は、少し考えてから答えた。
「怖い」
「でも」
「何もしないで、全部壊れる方がもっと怖い」
皐月は、小さく頷いた。
「なら」
「一人で王様やらないで」
「……うん」
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そのとき。
ルルが、珍しく真剣な表情で現れた。
「瑛斗」
「“王”って言葉、勘違いしないで」
「……?」
「王は、命令する存在じゃない」
「引き受ける存在」
「拒否されても、憎まれても」
「それでも、選び続ける者」
瑛斗は、拳を握った。
「……俺に、できるかな」
ルルは、微笑んだ。
「もう、やってる」
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同時刻。
ドラード世界・タイガル国。
ザルダ国王は、玉座から立ち上がった。
「人の王が、生まれたか」
側近が、不安げに問う。
「脅威になりませぬか?」
ザルダは、低く笑う。
「脅威になるのは、“迷いを捨てた時”だ」
「今はまだ、器だ」
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マスリア国。
ヴァリズ国王は、星図を見つめていた。
「境界が、一点に収束している」
「……面白い」
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ヘルモンド国。
ヤエ女王は、静かに目を閉じる。
「精霊たちが、騒いでいる」
「王の座に、人が座ろうとしていると」
⸻
金輝島。
緊急警報。
「新たな境界反応!」
「……来ます!」
空が、歪む。
だが――
今回は、魔族ではない。
裂け目から現れたのは、人の群れだった。
武装した民間組織。
「……反境界派」
丸山が、苦い声を出す。
「“選ばれなかった”側の人間たちだ」
彼らの代表が、叫ぶ。
「境界を止めろ!」
「少年を、引き渡せ!」
銃口が、瑛斗に向く。
皐月が、前に立つ。
「やめて!」
ラークが、剣に手をかける。
だが――
瑛斗は、一歩前に出た。
「……俺は、逃げない」
「でも」
「皆の恐怖も、否定しない」
静まり返る。
「俺が、
全部正しいとは言わない」
「それでも」
「誰かが、選ばなきゃいけないなら」
瑛斗は、胸に手を当てた。
「俺が、引き受ける」
銃を持つ手が、震える。
その瞬間。
境界が、瑛斗の背後で光った。
だが――
暴走ではない。
安定した、静かな光。
ルルが、息を呑む。
「……意志だけで、境界を抑えてる」
反境界派の中の誰かが、小さく呟いた。
「……王だ」
誰かが、銃を下ろす。
完全ではない。
だが、衝突は避けられた。
⸻
夜。
瑛斗は、星を見上げていた。
「……王の器、ね」
皐月が、隣に立つ。
「器って、割れるものだから」
「でも」
「割れたら、皆で直せばいい」
瑛斗は、小さく笑った。
遠く、虚界。
魔王デイドは、その光景を見つめていた。
「……いい」
「だが、次は“器”そのものを試そう」
闇が、ざわめいた。




