第14話「選択の重さ」
魔王デイドが去った後も、空はしばらく歪んだままだった。
誰も、すぐには口を開けなかった。
まるで――
世界そのものが、考え込んでいるかのように。
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金輝島・指令区画。
「……つまり」
丸山が、重く言葉を落とす。
「境界は、制御ではなく“選択”を求めている」
「ええ」
ミルスが、頷いた。
「すべてを救う解は、もう存在しません」
松田美由紀は、
ゆっくりと目を閉じた。
「国家も、同じですね」
「守ると決めた瞬間、守れないものが生まれる」
クリス・ロンドは、拳を机に置いた。
「だが、それを18歳の少年に背負わせるのか?」
その視線が、瑛斗に向く。
瑛斗は、まっすぐに見返した。
「……背負ってるのは、俺だけじゃない」
皐月と、ラークが、一歩前に出る。
「私も」
「俺もだ」
沈黙の中、ルルが静かに言った。
「それでも、決めるのは瑛斗」
「境界は、“通す人”の意志を最優先する」
瑛斗の喉が、ひくりと鳴った。
⸻
同時刻。
日本・地方都市。
小さな商店街の上空で、再び“にじみ”が発生した。
光の裂け目から、異形の影が落ちる。
「……魔物!」
悲鳴。
逃げ惑う人々。
自衛隊が、応戦するが――
銃弾は、完全には効かない。
「くそっ……!」
そのとき。
空間が、淡く光った。
エルフの戦士が、姿を現す。
「下がれ、人の子!」
流れるような弓矢。
魔物が、霧となって消えた。
だが――
人々の視線は、感謝よりも恐怖だった。
「……化け物が、増えただけじゃないか」
誰かの呟き。
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金輝島。
その映像が、リアルタイムで届く。
皐月は、唇を噛んだ。
「……助けたのに」
ラークが、苦々しく言う。
「理解されるには、時間が要る」
瑛斗は、拳を握る。
(選ばなきゃ、いけない……)
その瞬間。
胸の奥で、何かが引っ張られた。
「……来る」
瑛斗は、顔を上げる。
「都市部で、境界が拡大する」
「二箇所、同時に」
ミルスが、驚愕する。
「なぜ、分かるんですか……?」
瑛斗は、かすれた声で答えた。
「……感じる」
「“助けて”と、
“来るな”が、同時に」
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ルルが、厳しい表情になる。
「選択の時間だよ」
「どちらか一方しか、安定させられない」
「両方行けば、境界が壊れる」
皐月が、瑛斗の腕を掴む。
「……私が行く」
「皐月?」
「支える役なら、一箇所でも――」
「だめだ」
瑛斗は、強く首を振った。
「分断は、今は危険すぎる」
ラークが、静かに言った。
「……俺が、片方を“戻す”」
「完全じゃなくても、時間は稼げる」
全員が、瑛斗を見る。
決断は――彼にある。
瑛斗は、目を閉じた。
(選ばなかった側は、どうなる)
デイドの言葉が、蘇る。
――均衡を選べば、誰かが死ぬ。
瑛斗は、目を開いた。
「……都市部を、優先する」
「人口密集地を、安定させる」
一瞬の静寂。
誰も、否定しなかった。
ラークは、短く頷く。
「了解」
「俺は、もう一方へ」
皐月は、瑛斗の手を強く握った。
「……戻って」
ラークは、笑った。
「死なないさ」
「冒険者だからな」
光が、彼を包む。
⸻
数時間後。
都市部の境界は、安定した。
被害は、最小限。
ニュースは、「奇跡」と呼んだ。
だが。
遠隔地では――
村が一つ、
“消えた”。
完全に、世界の隙間に呑まれて。
その報告を聞いた瞬間、瑛斗は、言葉を失った。
「……俺が、選んだ」
皐月は、何も言わず、隣に座った。
ただ、手を握る。
ルルが、静かに告げる。
「これが、始まり」
「選び続ける限り、失われ続ける」
瑛斗は、唇を噛みしめた。
「……それでも」
「選ばなきゃ、世界が壊れなら」
拳を、握りしめる。
「俺は、選ぶ」
遠く、虚界。
魔王デイドは、その光景を眺めていた。
「いい顔だ」
「ようやく、“王”の目をてきた」
闇が、笑った。




