第10話「境界の代償」
戦闘から、半日が過ぎた。
金輝島は、表向きは平静を取り戻していた。
空は青く、海は穏やか。
だが、誰もが理解している。
――これは嵐の前の静けさだと。
⸻
医療テント。
瑛斗は、簡易ベッドに横たわっていた。
「……数値が、おかしい」
地球側の医師が、困惑した声を上げる。
「血圧、心拍、脳波……どれも人間の範囲を逸脱しているのに、身体機能は安定している」
ミルスは、魔法探知を続けながら言った。
「魔力も……人間としては“ゼロ”のまま。なのに、境界反応だけが存在している」
「つまり?」
ラークが問う。
「人間でも、魔力保持者でもない」
「……境界、そのもの」
ミルスの言葉に、重苦しい沈黙が落ちた。
⸻
瑛斗は、天井を見つめていた。
(生きてる。でも……)
指先に、力を込める。
ピリ、と、痛みと同時に光が走った。
「……痛っ」
すぐに、感覚が戻らない。
「瑛斗!」
皐月が、慌てて駆け寄る。
「無理しないで!」
「ごめん……」
瑛斗は、小さく笑った。
「ちょっと、身体の使い方が変わっただけ」
だが、その言葉は――嘘だった。
⸻
同時刻。
国連本部・緊急通信室。
「デーモンロード級存在の確認……事実と認定します」
丸山の声が、硬い。
「各国に通達。本件は“国家安全保障案件”に移行」
クリス・ロンドは、腕を組んだ。
「一人の少年に、世界の安定を委ねるのか?」
松田美由紀は、即答した。
「委ねていない」
「共に背負っている」
彼女は、画面に映る瑛斗を見つめる。
「彼が倒れれば、我々も終わる」
⸻
夜。
瑛斗は、一人で外に出ていた。
「……はあ」
潮風が、少しだけ心を落ち着かせる。
そのとき。
「無茶、しすぎ」
後ろから、皐月の声。
「来ると思った」
瑛斗は、振り向かずに言った。
「……怖い?」
「当たり前でしょ」
皐月は、拳を握る。
「昨日まで、同じ学校行ってたのに」
「急に、世界の中心とか……」
声が、震える。
瑛斗は、黙って聞いていた。
「でも」
皐月は、顔を上げる。
「逃げないって、分かってる」
瑛斗は、苦笑した。
「……バレてるな」
その瞬間。
瑛斗の視界が、揺れた。
世界が、一瞬だけ二重に見える。
「……瑛斗?」
「だいじょ……」
言葉の途中で、膝が崩れた。
「瑛斗!」
⸻
医療テント。
ミルスが、険しい顔で言う。
「反動です」
「境界を通した分、身体が耐えきれていない」
「このままでは?」
ラークが問う。
「次に、同じ規模の力を使えば……」
ミルスは、言葉を切った。
「人としての形を、保てない」
重い沈黙。
ルルが、そっと現れた。
「……ごめんね」
瑛斗は、かすかに笑った。
「謝られると……余計、困る」
ルルは、首を振る。
「まだ、方法はある」
「境界を、ひとりで背負わなきゃいけない決まりは、ない」
「……え?」
ルルの目が、真剣になる。
「分けるの」
「世界の重さを」
「仲間に」
瑛斗は、息を呑んだ。
(それって……)
「でも」
ルルは、続ける。
「選ばれるのは、世界じゃない」
「"人"」
その言葉が、胸に残った。
⸻
遠く、虚界。
ダークは、自らの腕を見つめていた。
「……次は」
「完全に、壊す」
闇が、彼に応えた。




