【第1章】海から現れた六脚脊椎動物の祖形(1)
1-1 プテリゴトゥスとユーリプテリドの脊椎動物的特徴
プテリゴトゥス(Pterygotus)を含むユーリプテリド(絶滅ウミサソリ類)は、一般には巨大化した節足動物として分類され、その形態は現生のカブトガニ・サソリなどに近いものとして理解されている。
しかし、その実態を詳細に検討すると、ユーリプテリド類には節足動物の範疇に収まりきらないー『脊椎動物的特徴』ーが複数認められる。
本節では、これらの特徴が『六脚脊椎動物類(Hexavertebrata)の祖形』となり得た理由を、比較形態学・生物力学の両面から考察する。
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◆ 1. 奇妙な『前肢の大型化』:付属肢の局所特化は脊椎動物的
ユーリプテリドの中でも、プテリゴトゥスは
・大型の捕食性前肢を持つ
・形態が明確に左右対称
・前肢2本が高度に発達し、他肢と機能分化している
という特徴を持つ。
節足動物の多くは、付属肢がほぼ等価に反復するが、プテリゴトゥスの前肢だけが突出して大型化した点は、脊椎動物の
・前肢(胸鰭)
・後肢(骨盤鰭)
の 局所特化モデルと極めてよく似ている。
特定の肢だけが強く大型化する現象は、節足動物より脊椎動物の進化様式に近い。
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◆ 2. 体幹の『筋節構造』を思わせる segmentation(分節化)
ユーリプテリドの体幹は、外骨格の分節化があるものの、その内部構造が筋格(myomere)に近いとする研究が過去の古生物学で散見される。
筋節が体幹の推進に関与する点は、脊椎動物の基本構造に極めて近い。
特に、
・体幹横断面の左右対称性
・背側と腹側での筋束機能分化
・推進時の波動運動の様式
は、魚類の泳動に類似している。
ユーリプテリドが『節足動物と脊索動物の中間的な運動』を行っていた可能性は否定しきれない。
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◆ 3. 強力な尾部推進器官:『脊椎的』尾鰭の萌芽
プテリゴトゥスの尾部は、他の節足動物とは異なり、明確な縦方向の推進力を持つ形をしており、これは脊椎動物の尾鰭の役割と極めて近い。
・高速直進性
・振り抜きによる高い推進効率
・体幹の波動を利用する全身運動
これらは、単純な腹部節の伸縮では説明しづらい。
特に、尾部の基幹節が太く、遠位に行くほど扁平化する構造は、内骨格を基盤とした尾鰭に似た水力学的形状であり、同時代の節足動物の中では異質である。
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◆ 4. 『外骨格の重厚さ』と『内部支持構造』の共存
ユーリプテリド類は外骨格の厚みが非常に強く、内部に筋肉量を保持するための空隙・梁構造を持っていたと推測される。
これは節足動物の単純なクチクラ構造ではなく、脊椎動物の
・軟骨性支持構造
・内骨格への移行期の骨梁構造
・筋付着点の局所強化
と類似している。
硬い外骨格の下に、軟骨に近い内部支持構造を持つ生物というのは、ちょうど
ー 六脚脊椎動物類初期段階の形態=外骨格+軟骨性内骨格ー
の特徴と一致する。
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◆ 5. 付属肢の『六脚化』の萌芽
ユーリプテリドは基本的に
・5対の歩脚
・1対の巨大な触肢(捕脚)
を持つが、
前肢2本が極端に特化して『別機能化』している点は、脊椎動物的な「2対の主肢」に近い。
もし進化の過程で、歩脚のうち4本が縮小し、前肢+後肢が強化され、さらに頭部近くに『副肢(付属肢。動物の体幹から突出し、運動・感覚などの機能を有する構造のこと)』が残存した場合、
・前肢(2)
・後肢(2)
・副肢(2:触腕が変形)
=六脚構造が成立する。
つまりユーリプテリドは、六脚脊椎動物類への変化に必要な骨格パターンをすでに部分的に備えていたと考えられる。
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◆ 6. 『巨大化』と『高次神経化』の兆候
プテリゴトゥスは最大で全長2.5メートルに達し、当時の海洋生態系の頂点捕食者の一角を占めていた。
巨大化した節足動物は神経系の分散化が間に合わず、多くは身体機能が制限されるが、プテリゴトゥスには
・高度な捕食戦略
・立体視可能な複眼
・体軸全体を使った高速遊泳
・強力な前肢を使った『選択的捕食』
など、高次行動を伺わせる痕跡が多数ある。
これらは、節足動物というより、むしろ原始的な脊椎動物の行動パターンに近い。
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◆ 結語
ユーリプテリドおよびプテリゴトゥスは、『巨大化した単なる節足動物』として扱われてきたが、その形態・運動・神経・骨格の特徴は、むしろ『脊椎動物的』と評すべき点が多い。
本書が提示する六脚脊椎動物類(Hexavertebrata)の祖形として位置づけることで、
・昆虫との奇妙な乖離
・四脚動物中心史観の偏り
・神話生物の六肢性の普遍性
といった謎が統一的に説明可能になる。
ユーリプテリドは『失われた系統の原点』として、六脚脊椎動物類への進化的橋渡しを担う存在と捉えることができる。




