【第6章】 なぜ六脚脊椎動物類は絶滅したのか(6)
6-6 最後の生き残りはいつ消えたのか?
〜六脚類の“文化的抹消”と歴史書からの消失**
六脚脊椎動物類の絶滅時期は、化石記録に依拠できない以上、
生態学的・文化史的・宗教史的な資料を総合し、
その“最後の痕跡”を多角的に推定するほかない。
本節では、六脚類の生存期間がどこまで続き、
なぜその存在が歴史書から完全に消失したのかという
“文化的抹消”の過程を検討する。
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◆ 1. 生態学的推定:大型種は紀元前後、中型知性種は中世末期まで存続した
まず、生態学的条件から推測される絶滅時期は以下のように区分される。
●(1)大型種(ドラゴン・グリフィン型)
冷却化・乾燥化が進んだ後氷期
人類による乱獲が増加
生息域が山岳・洞窟に限定
紀元前1000年〜紀元後500年頃にほぼ絶滅
した可能性が高い。
これは「古代国家の神話にのみ出現し、中世以降の実録史にほぼ出ない」
という文化史的事実とも一致する。
●(2)中型知性種(スフィンクス・ケンタウロス・有翼人・天狗型)
これらは大型種よりは気候適応力が高く、
人間の居住域から離れた山岳地帯・森林に隠遁することで
長期間生存が可能だったと考えられる。
文化人類学的比較では、
12〜15世紀頃に最後の確実な痕跡が消失
したという推定が妥当である。
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◆ 2. “文化的抹消”の三段階モデル
六脚類消失の最大の理由は、
彼ら自身の生態的衰退以上に、
人類側がその存在を記録から消したことによる。
この文化的抹消は、次の三段階に分類できる。
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【第1段階】「怪物化」
五〜三千年前の神話形成期、
六脚類は“異形の生物”として畏怖され、
神話・伝承・儀礼の象徴として扱われた。
例:
エジプトのスフィンクス
メソポタミアのケルビム
ギリシャのケンタウロス
古インドのガルダ、ナーガ
日本の天狗
ここでは“観察された生物”の記憶が
象徴表現へと変換された段階である。
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【第2段階】「悪魔化・異端化」
中世ヨーロッパ以降に顕著だが、
単なる神話生物であった六脚類は、
一神教的価値体系により
「神の秩序に反する者」=悪魔 と再解釈された。
これは次のような宗教的観点に基づく:
“神が創造した形態”=四脚 or 二脚
逸脱した形態=堕天、悪魔、異端
有翼の人型=堕天使
上半身が人・下半身が獣=悪魔の象徴
これにより、六脚類の存在は“信仰の敵”へと転化し、
討伐・殲滅の正当化が生じた。
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【第3段階】「史書からの削除」
中世後期〜近世にかけて、
世界各地の歴史記録から
六脚類の記述が体系的に削除されていく。
これは
“怪異・異形は象徴表現である”
という学術・宗教双方の合意によって進められた。
史料編纂者の恣意的削除
教会による異端文献の焚書
王朝交代による記録の再編集
“迷信”としての軽視・排除
美術・彫刻の象徴化による非実在化
結果として、
六脚類は文字情報から完璧に姿を消した。
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◆ 3. 最後の個体はどこで死んだのか?
これは推測でしかないが、
複数の文化伝承を重ね合わせることで
“最後の個体がいた可能性の高い地域”を絞り込める。
●(1)ドラゴン型
アルメニア〜カフカス
チベット高原
アナトリア山脈
これらの地域は
“最後の竜殺し”伝説が集中する。
推定絶滅期:6〜10世紀
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●(2)ケンタウロス・スフィンクス型(中型知性種)
ギリシャ山岳
クルディスタン
チベット・ヒマラヤ
日本の深山(天狗伝承)
最も長生きしたのは日本の“山岳有翼人(天狗)”の可能性が高い。
伝承・民俗資料の系統性から見るに、
15〜17世紀頃まで断続的に存在した可能性がある。
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●(3)ナーガ型(水生巨大蛇)
水生巨大種は化石に残りにくく、
現代まで生存していても不思議ではない。
推定絶滅期:未確定(現在も少数生存の可能性すらある)
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◆ 4. “最後の個体の死”は、文化史的な“死”でもある
六脚類の最終絶滅は、
単に生物学的消失ではなく、
文化的・記憶的な死でもあった。
六脚類は
実在 →
異形 →
怪物 →
悪魔 →
象徴 →
空想 →
完全な非実在
という段階で消えていった。
これはいわば“二重の絶滅”である。
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◆ 5. 結語:六脚類は“死んだ”のではなく“忘れられた”
六脚脊椎動物類は、
化石記録の欠落だけでなく、
人類が意図的に書き換えた歴史体系の中で
“存在しなかったことにされた”。
生物学的な絶滅より重要なのは、
文化史の中で抹消された
という事実である。
六脚類は死んだのではない。
人類が“忘れることを選んだ”のである。
本書が試みるのは、
その忘却のベールを剥ぎ取り、
六脚類が歩んだ“もうひとつの進化史”を
再び地上に呼び戻す作業である。




