黒き翼、地に落ちて
俺は夢を見た。優しくも、寂しそうで、今にも消えてしまいそうなかすかな声で俺に何かを告げる。
「私を…見つけて…」
目をゆっくりと開く。
するとそこには、朝焼けの赤が、カーテンの隙間から細く射し込む。眠りの残滓に沈んだ頭で、俺は嫌気のさすほどにいつも通りの朝を迎える。
空虚な日常、意味のない時間、誰にも必要とされない自分。そう思いながら目覚めるのが、もう習慣になっていた。
だから——
その日、背中から“それ”が生えたとき、俺は、やっぱりこの世界は俺のことを拒絶しているのだと確信した。
「…痛ッ…!?」
背骨を焼かれるような熱さに跳ね起きた俺の耳に、聞き慣れない“裂ける音”が響く。
バキィィンッ!
寝ていたベッドの中央、背中のあたりから真っ二つに裂ける。フレームが軋み、床まで一直線に切り裂かれた痕が残る。
「な、なんだよこれ…!」
俺は半狂乱で振り返り、自分の背中を見ようとする。だが視界に入ってきたのは、黒く鋭利な“羽”だった。
羽…?いや、違う。“刃”だ。艶やかで硬質な、漆黒の金属。翼のように左右に広がり、空気を裂くような存在感を放っている。
「……っは、はは……冗談、だろ?」
思わず笑ってしまう。笑うしかなかった。ありえない。こんなの、ありえない。
背中から“刃の翼”が生えて、俺の部屋を切り裂いた?
「夢だ、夢に違いない。昨日もコンビニバイトでくたくただったし、寝ぼけてるだけなんだ…」
俺はそう言い聞かせながら、崩れかけたベッドから床に降りる。
しかし、足元には確かに“切断された”床。鋭利な痕跡。何より背中に感じる異物感と重みが、現実だと告げていた。
「……嘘、だろ……?」
言葉にならないまま、部屋の隅に置いてあった鏡に近づく。
映った自分の背後には、確かにあった。広がる二枚の鋼の翼が、ゆっくりと動き、僅かに光を反射していた。
俺はただ、立ち尽くすしかなかった。
世界は何も変わっていないのに——俺の身体だけが、異常を告げていた。
感想・評価・ブクマ励みになります。
次回もよろしくお願いします。