ユメのカケラ
短編です。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
『最近、夢すらみない日々が続くんだ』
僕としてはそれほど大した話じゃ無く、なんとなく間を埋めるために発した言葉だったが、彼女の反応は意外なものだった。
彼女は目の前のシーザーサラダを口に運ぼうとしていた手を止め、少し考える様に遠くを見つめた。
それから『何者かが貴方の夢を食べてしまったのよ』といった。
僕は彼女が言った言葉がわからなかった。
いや、ちゃんと言葉は聞こえているのだが、意味のある言葉として僕の頭は理解しなかった。
『何者かが、僕の夢を、食べた?』
『ええ。そうよ』
遠くを見つめていた視線を元に戻し、彼女はホークを口にはこんだ。
僕は戸惑いながらも、『夢を食べるって、あのバクの事?』と訊いた。
『いえ、違うと思う。バクは悪夢を食べると言われている空想上の動物でしょ。貴方は普段悪夢しか見ないの?』
『いや、そんな事ないけど…』
『じゃ、違うわよ』
彼女は確信している様にいった。『それに空想上の動物が、どうして貴方の夢を食べるのよ』
彼女は、空想上というところを強調した。
僕は戸惑いながらも頷いた。
確に・・・・・・。実際、バクに夢を食べられたなんてきいた事ない。
それでも僕は彼女の言葉に納得は出来なかった。
『それもそうだけど。君はさっき、何者かが僕の夢を食べてるって言ったじゃないか』
『ええ、確に言ったわ。でも私は、バクが貴方の夢を食べたとは言ってないわよ』
彼女はホークでやっつけるように野菜をつつき始めた。
しばらくの沈黙の後、『彼は、今も誰かの夢を食べてるのかもしれないわね』と独りごとのように呟いた。
僕は彼女の顔を見つめた。
カレ?
何を言ってる?
彼女は可愛い顔をしながら相変わらず野菜と格闘していた。
『僕には君が何を言っているのか、良く分からないのだけど』
彼女はもの分かりの悪い生徒に言うように、ゆっくりと言葉をきった。
『彼、つまり夢を食べる何者かの事たげど、人間の姿をしているのよ。彼というには歳をとっているけどね。何てったって老人の姿をしているのよ』
『・・・・・・老人? 君はその、老人が、人の夢を食べるのを見たことがあるの?』
『ええ。こないだ貴方の家に泊まったじゃない。その時、見たのよ』
『・・・・・・つまり、その老人が僕の夢を食べてた? ムシャムシャと、カレーライスを食べるように?』
『ええ。カレーライスを食べるようにね』
僕は暫く言葉が出てこなかった。
老人が僕の夢を食べただって?
思考が止まろうとしているのを何とか抑えて、僕はやっとの思いで言葉を続けた。
『どうして今まで教えてくれなかったの?』
『まさか、その時は貴方の夢を食べてるなんて考えもしなかったし、言ったところで貴方は信じないでしょ?』
『たしかにね』
僕は溜め息をついた。
『で、その老人はどうなったの?』
『どうもならないわよ。あらかた、貴方の夢を食べると、すーっと消えちゃった。
ねぇ、知ってる? 夢って様々な色、模様がついているのね』
『知らないよ、そんなこと。その時、僕は寝ていて夢を食べられていたんだからね』
僕の口調に何か感じとったのか、彼女は『もしかして怒っているの?』といった。
『いや、怒ってないよ。ただ、良く分からない老人に、自分の夢を食べられたんだから、戸惑ってるんだ』
『ま、それは無理もないかもね』
彼女は軽く言った。
僕はいくつかの疑問を尋ねてみた。
『ねえ。君の夢は食べられた?』
『いいえ。私の夢は食べられてないわ。今日だってちゃんとみたもの』
『どうして僕の夢を食べたんだろう』
『酷い味がするからでしょ』
『ムゴい味?』
『ええ、その老人は酷い味だ酷い味だと言いながら食べてたもの』
夢を食べられた上に、酷い味とは、なんて言われようだろう。
僕は再び溜め息をついた。
『どうして、僕の夢は食べられたのだろう。酷い味という以外に何か理由はあるのかな?』
彼女は少し考えるそぶりをみせてから言った。
『ただ、漠然と生きてるからでしょ。そんな人が夢をみても仕方がないじゃない』
彼女の答えに僕は戸惑った。
僕は漠然と生きているのだろうか?
言われてみれば、そうかもしれないと思うし、そんなことは無いとも思う。
考えたてみたが分からなかった。
『その老人は、漠然と生きている人を見つけて、夢を食べていると?』
『そうね。なんとなくだけど、自信はあるわね』
僕は何も言い返せなかった。
それをみた彼女は少し微笑むように目を細めた。そしてポケットから小指の先ほどの石を取り出した。
『これ』
そう言って彼女は石を見せた。淡いグリーン色をしている。
『これは?』
『夢の欠片よ』
『ユメのカケラ?』
『返してあげる。貴方のよ。老人が食べ残して消えた後、私が持ってたのよ』
僕は彼女から夢の欠片を受けとった。
これが僕の夢?
光に当てて透かしてみた。淡い色の中で微かに様々な色がうごめいているように見えた。
『大事にした方がいいよ』
そういって彼女は微笑んだ。
それで、その話は終わってしまった。
僕らは食事を終え、バラバラに帰っていった。
その夜、僕は久しぶりに夢をみた。
それを機に、徐々に夢を再び見るようになった。楽しい夢もあれば、悪夢の類もあった。
それから暫くして、彼女から返してもらった夢の欠片を失っている事に気付いた。
その事を彼女に正直に言うと、『貴方の夢の中に戻ったのよ』と当たり前のようにいった。
たまたま夢をみない時が続いて、偶然、夢をみるタイミングが重なったのか、それとも本当に夢を食べられ、再び僕の中に欠片が戻ったから見るようになったか、今でも僕は答えを出していない。
ただ、あれからの僕は、ある程度、目的を持つように意識してきた。
それによって上手くいったという実感は無いが、自分を見失う事もなくやってこれたと思う。
今、僕は改めて考える。
彼女の話が本当ならば、老人は僕のどんな夢を食べたのだろうかと。
数ある希望の何かを食べたのだろうか、それとも悪夢を食べたのだろうかと。
僕は横に寝ている彼女の顔を見た。
彼女はどんな夢をみているのだろう。
もし、老人が現れ彼女の夢を食べる事があったら、今度は僕が、夢の欠片を拾っといてやろう。
そして『知ってる?夢って様々な色、模様をしてるんだよ』といって夢の欠片を見せてやろうと思う。
いくつか皺が増え、僕の妻になった彼女は、昔と同じ様に微笑みを浮かべていた。
End
気に入れば、ブックマークや評価が頂けたら嬉しいです。
執筆の励みになります。_φ(・_・