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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
97/783

第二 五回 ①

ハクヒ敢えて(いつわ)り称して南に義君を逃し

インジャ僅かに兵を併せて東に山塞へ赴く

 トゥイン・チノの挑発に乗って(ヂダ)(ガル)に飛び出したコヤンサンは、ものも言わずに打ちかかり、打ち合うこと二十余合、互いに奥義を尽くすも決着がつかない。


 陣頭に立ってそれを見ていたイエテンは、コヤンサンにもしものことがあってはと思い、得物の長剣(オルトゥ・ウルドゥ)(ひらめ)かせつつ、(アクタ)を駆って援護(トゥサ)に向かった。ウリャンハタからもそれを見て、マムルがやはり長剣を抜いて駆けつける。


 ズラベレン三将の残る一将、タアバもまた得物の三尖刀を手に飛び出していけば、ウリャンハタからはブルが名乗りを挙げる。


 かくして六人の勇将好漢が(しのぎ)を削り、一方が押せば一方が引き、一方が攻めれば一方が守り、まるで剣舞を見るかのごとき見事な勝負。


 インジャは遠くからこれを眺めていたが、やがてタアバの剣先が乱れてきたのを見て、全軍に突撃の(カラ)を下した。応じてイシャンもまたどっと兵を繰り出す。


 互いに草原(ミノウル)に名を馳せた強兵(ヂオルキメス)揃い、(ソオル)は一進一退を続けた。かしこで押せばかしこで押され、どちらが有利やら判然としない大乱戦。


「いたずらに乱戦に持ち込まれては我らは不利。(ブルガ)はあとにミクケル自身の軍が控えております」


 ナオルが進言したが、セイネンが口を挟んで、


「もうすでに乱戦です。こう入り乱れてしまっては退()きどきが難しい。迂闊に退却の銅鑼を鳴らせば、それを機にどっと崩れますぞ」


 インジャは戦局を見据えながら何ごとか思案していたが、やがて言うには、


「飛生鼠を敵の右翼(バラウン・ガル)にぶつけよ。何としても相手に退かせなくては……」


 ナオルが合図の金鼓を鳴らさせる。(トグ)が大きく振られて後軍(ゲヂゲレウル)が動きだす。


「やっと出番だ。まったく遊軍ってのはいらいらするぜ」


 ジュゾウはぶつぶつ言いながら馬腹を蹴り、(ヂェウン)から敵に突入していく。さらにハクヒ、ナオルもひと言挨拶すると一隊を率いて駆け出した。


「セイネン、義兄を頼む」


 ナオルの言葉(ウゲ)にセイネンは無言で頷いた。インジャの周りに残ったのはセイネンが鍛えた隷民(ハラン)軍五百と、大将旗を護持するタンヤンのみ。


「私も前線に立とう」


 インジャが言えば、


「いけません。義兄にもしものことがあれば我が軍はたちまち解体してしまいます。みなが懸命に戦って(アヤラクイ)いるのは、義兄が健在なればこそ。ここで軽々しく敵前に身を(さら)せば、万が一ということがあります」


「しかし……」


「この戦は人衆(ウルス)家畜(アドオスン)を逃がすためのもの、後日を期しての戦です。匹夫の勇に(こだわ)ってはいけません。ただの一兵卒であれば、名を惜しんで(アミン)を惜しまず、敵騎の数人も討てば報われましょうが、義兄は我がジョルチ部になくてはならぬ人、いたずらに危険(アヨール)を冒してはなりません」


 セイネンの懸命の説得にインジャは頷いた。


「わかった。自重しよう」


 前線では熾烈な戦が展開していた。喪神鬼イシャンも最前線で督戦に当たっていたが、思うに、


「何と粘り強い奴らだ。タロトは足腰が弱い印象を受けたが、奴らは(コセル)(フル)が着いておるわ」


 そこへ一人の将が打ちかかる。誰かといえばすなわちコヤンサン。


「ふふ、(エレムデク)(・ヂェムデク)が」


 不敵に笑うと長槍(オルトゥ・ヂダ)を持ち直す。コヤンサンも自慢の長槍を上段に構えて咆哮を挙げつつ迫りくる。


 イシャンは相手を引きつけておいて、不意に渾身の(クチ)で槍を繰り出した。コヤンサンはあっと驚いたが、咄嗟に()(めぐ)らせてそれを受け流す。


「ほほう、やるではないか。ではこれはどうだ!」


 今度は立て続けに突きを繰り出す。


「わわわ!」


 滝のように汗を流しながらも何とかすべて受け止めた。かと思えば、払い、斬り、また突き、変幻自在に槍を繰り出してくる。同じ一本の槍を持った相手とは思えない。まるで幾人もと戦っているよう。


 コヤンサンは受けるのが精一杯で、反撃など思いも寄らない。たまらず馬首を返して逃げだした。イシャンは追おうともせず、せせら笑って、


「いつでも来い。その程度の腕では俺を冥府(バルドゥ)に返すことなどできんぞ」


 そう言うところへ現れたのは、ナオル、ハクヒ、タアバの三人の好漢(エレ)


「喪神鬼、神妙にしろ」


「三人がかりか。何人でも同じことよ」


 まずナオルが弓を取り出してひょうと放つ。するとイシャン、くわっと(ニドゥ)を見開いて、飛矢をはっしと(つか)み取る。これには三人の好漢も驚いて(ダウン)も出ない。


 その時点で八分はイシャンが勝ったようなもの。三人は動揺しつつも手に手に得物を執って打ちかかったが、軽くあしらわれて近づくことすらできない。


「ははは、ジョルチに人はおらぬのか!」


 哄笑とともに言い放てば、ついに三人はたまらず逃げだした。イシャンはこれも追おうとしない。やがて手を挙げて退却の銅鑼を鳴らさせた。インジャもそれを聞いてすぐさま軍を収める。

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