表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻二
96/783

第二 四回 ④

マタージ盟友を迎えて即位を宣揚し

イシャン君命を奉じて義君に相対す

 ナオルがドクトを制して言った。


「そうは言ってもこの(ソオル)には、フドウ、ジョンシ、ズラベレン、キャラハン、カミタの命運(ヂヤー)が懸かっているのだ。セイネン、何か策はないか」


 問われたセイネンはううんと唸って、


(ブルガ)は当たるべからざる勢いの三万。連丘を押さえられては迎え撃つべき(ガヂャル)もありません。そもそも戦に勝つには『()()()』の三者が揃わなければいけません。今、我々は『天』と『地』を欠いています。ここはせめて『人』を保って、望みを繋がねばなりません」


 コヤンサンがいきり立って言った。


「ええい、何だ、初めから負けるようなことを言いおって。天だの地だのとは、いったい何のことだ」


「天とは天の時。戦には(チャク)が肝要だ。ウリャンハタは先んじて軍を興して準備は万全、さらに連丘も制した。我らはすっかり遅れを取ったわけで、これをこれ『天を失う』と謂う」


 また言うには、


「次に地とは地の利のこと。寡兵をもって能く大敵と戦いうる格好の地を奪われて、我らは不利な野戦を強いられている。これをこれ『地を失う』と謂う。ゆえに天地を欠くと言ったのだ」


 ナオルが尋ねて、


「では残りの『人』とは?」


 するとセイネンは、向き直ってインジャに言った。


「人とは人の(エイエ)です。とかく劣勢になると結束(ヂャンギ)が緩みがちです。有利な戦でさえ和を失って敗れることがあるというのに、不利となればなおさらのこと。しかし人の和さえ保たれれば、今日敗れても後日に必ず好機が訪れましょう」


 さらに続けて言うには、


「また『人』は将兵だけではありません。人衆(ウルス)は何にもまして重要です。先に女子(ブスクイ)老人(ウブグン)家畜(アドオスン)を安寧の地へ逃がさなければいけません。我々が戦う(アヤラクイ)のはその時日を稼ぐため」


 インジャは大きく頷いた。ドクトが怪訝(けげん)な表情で尋ねて言うには、


「逃がすといっても、どこに逃がす。安寧の地などあるか?」


 セイネンはさも意外といった表情で、


「よりによってドクトがそんなことを言うとは。オロンテンゲルの山塞があるではないか」


 諸将はあっと膝を打つ。ドクトも笑って、


「おお、それは確かに安寧だ! 数万の大軍が寄せてもびくともせぬわ。しかもまだまだ土地(コソル)は有り余っている。万余の人衆を入れても足りぬことはないだろう。それを忘れる(ウマルタヂュ)とはどうかしていた」


 インジャが断を下して言った。


「では急いで人衆と家畜を逃がそう。道中でサルカキタンや野盗(ヂェテ)に襲われては何にもならぬ。シャジ、ドクト、ハツチは、三千騎を率いてこれを護れ。我らは残りの七千騎で敵を迎え撃つ」


 ドクトがあわてて言うには、


「そんな、俺は残って戦いますぞ。そうだ、インジャ様が先に山塞へお越しください。あとは我らに(まか)せて」


 ハクヒやナオルも賛同してさまざまに説いたが(がえ)んじない。やがて居住まいを正して言うには、


「私は才なく徳薄い身でありながらみなさんの上席を汚しています。この上、敵を目の前にして独り逃げたとあっては天下の笑いものです。もちろん私は勇はコヤンサンに及ばず、智はセイネンに及びません。ただ天下を憂える(オロ)については誰に劣るものでもありません。みなさんどうかこの先、私だけを逃がそうなどと道理(ヨス)のないことを言わないでください」


 諸将はこれを聞くと平伏して言った。


「我らはインジャ様に生涯を捧げた身なれば、今のお言葉(ウゲ)に感じ入らぬものはありません。(クチ)を尽くしてミクケルにひと泡吹かせましょう」


 こうして一同は心に勇を、身に力を得て奮い立った。セイネン謂うところの「人の和」においてこの好漢(エレ)たちに勝るものがあろうか。


 ともかくシャジ、ドクト、ハツチは人衆をまとめると、オロンテンゲルの山塞を目指して出発した。


 さらにナオルの勧めに(したが)って、ドノル氏のテムルチとイタノウ氏のマルケに急使(グユクチ)を送り、これを迎えに来るよう手配した。


 残る諸将もそれぞれ戦の用意を整えて集結する。インジャはぐるりとこれを見回すと、


「では出陣する。前軍(アルギンチ)はズラベレン三将。ナオル、ハクヒ、セイネン、タンヤンは私とともに中軍(ゴル)。ジュゾウは遊軍を率いて後軍(ゲヂゲレウル)となれ」


 みな勇躍(ブレドゥ)して命を受ける。ジョルチ軍の総勢は七千騎。前軍はズラベレン三千。中軍はフドウ千、ジョンシ二千に加えて隷民(ハラン)軍五百。これは先に右派(バラウン)との戦で得た捕虜たちである。後軍はジョンシから五百を()いてこれに()てた。数は少ないが、士気は上天(テンゲリ)を衝き、勢いは大地(エトゥゲン)を圧するほど。


 その(ウドゥル)は敵影を見ることもなく終わった。翌朝食事をすませると、また進撃を開始する。駆けること半日、ついに彼方から土煙を上げて迫る騎兵を発見した。


「来た! みなのもの、喪神が来たぞ。心してかかれ!」


 コヤンサンが叫んで、ズラベレン三千騎はおうと応える。あとに続くインジャらにも報は伝わる。


「聞けばマタージはかの七千騎に縦横無尽に駆け回られ、(バイダル)を破られたという。そこにミクケルの中軍が到着したため、総崩れの憂き目を見たのだ。よいか、密集して決して敵を通すな。そうすれば、いかに喪神鬼とはいえ容易(アマルハン)には破れまい」


 インジャはそう言うと金鼓を打ち鳴らさせて士気を鼓舞した。全軍はおうと喊声を挙げる。


 その喪神鬼イシャンは敵を望んでいざ突撃しようとしたところ、喊声を聞いて(フル)を止めた。傍ら(デルゲ)のトゥイン・チノに言うには、


「盛んなものではないか。見たところ七千騎ほどか。どこからあの気力が出てくるのやら」


 しばらくジョルチ軍を観察していたが、やがてにやりと笑うと、


「タロトよりは楽しませてくれそうだ。さすが()()(はし)らせたというだけのことはある。よし、トゥイン。お前が行って敵将と手合わせしてこい」


 トゥイン・チノは頷いて脱兎のごとく飛び出していく。頭上高々(ホライタラ)と得物を振り回し、大音声で言うには、


「俺はウラカン氏のトゥイン・チノ。この俺と戦う命知らずはおらぬか!」


 コヤンサンはこれを聞くや総髪を逆立てて怒り、イエテンの制止もかまわず駆けだした。得物は互いにひと筋の長槍(オルトゥ・ヂダ)


「ほう、お前の名は何と云う」


 何も答えずにコヤンサンが突きかかったので、トゥインはおおいに怒る。かくて激しく打ち合うこと二十合、金光閃爍(せんしゃく)して勝負はいつ果てるとも知らない。


 まさに龍虎相会わば、テンゲリを揺るがし、エトゥゲンを震わせ、奥義を尽くして一歩も譲らぬといったところ。さてこの勝負はどうなったか。それは次回で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ