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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
95/783

第二 四回 ③

マタージ盟友を迎えて即位を宣揚し

イシャン君命を奉じて義君に相対す

「不愉快じゃ。散会する」


 サルカキタンはそう吐き捨ててさっさと席を立つ。みなもばらばらと己のゲルに帰った。中にはトオリルに同情するものもないわけではなかったが、累が及ぶのを恐れていずれも(ニドゥ)()らして去った。


 そこに独りだけ近づいたものがある。誰かと見ればアイヅム氏族長(ノヤン)コニバン。


「……トオリル殿」


 返事がないので、小者(カラチュス)に命じて己のゲルにこれを運ばせた。あれやこれやと介抱するうちに何とか意識を取り戻したので、コニバンはおおいに喜ぶ。


「……ああ、コニバン殿。ありがとうございます(バヤルララ)


 苦しげに(あえ)ぎつつ礼を言えば、


いや(ブルウ)、あの場に居ながらお助けすることができず、申し訳ありません」


 トオリルは深く溜息を吐くと、


「近ごろの大人は、侫人しかお近づけになりません。草原(ミノウル)の情勢は有利に動いているはずですが、肝心の大人があの有様では右派(バラウン)の命脈もそろそろ尽きます(エチュルテレ)ぞ。『暗君に見る灯なし』と謂うではありませんか」


「そうですか。私にはよく判りません」


「コニバン殿はアイヅム氏の族長(ノヤン)、大人に義理を尽くす理由はありません。氏族(オノル)の安寧を図るのであれば、早々に離れるがよろしかろう」


「そうは言いますが独りで立つ才覚(アルガ)はなく、大人の下を離れては明日の(イヂェ)にも窮する有様。……貴殿はどうなさるおつもりですか」


「さあ、私は親族(クダ)もなく、財産(エド)もなく、何も憂えるものがありません。とりあえず左派(ヂェウン)のトシ・チノを訪ねてみますが、その先のことは判りません」


「傷が治るまでここに居てはどうですか」


いや(ブルウ)、コニバン殿に累が及んではいけません。明日、夜が明けないうちに発つことにします」


 そう言うと拱手して改めて礼を述べる。コニバンは盛んに引き止めた。しかしトオリルはこれをきっぱりと断り、言葉(ウゲ)のとおりに朝早くアイルを去ったが、この話はここまでとする。




 さてまたも舞台は移ってウリャンハタのミクケル・カン。神都(カムトタオ)からジエンとハサンを迎えると、おおいに(ボロ・ダラスン)を振る舞ってこれを(ねぎら)った。ジエンは拝礼して言った。


「まったく大カンの強さは古の英雄も遠く及ばぬところ。我が神都(カムトタオ)軍馬(アクタ)を整え、あとは命令(ヂャルリク)を待つばかりでございます」


上天(テンゲリ)が我々を祝福(ウチウリ)しておるのだ。どうして敗れることがあろう。このままタロトの残党を討ち滅ぼすつもりだ」


 すかさずハサンが機を(とら)えて、


「そこでございます。今やタロト部は勢い日に衰え、しばらくは大カンの(セトゲル)を悩ますことはありません。滅ぼそうと思えばいつでもできます。今、討たねばならぬ(ブルガ)(ヂャド)にあります」


「ほう、それは?」


 ジエンは(ホロー)を立てて言った。


「フドウの小僧(ニルカ)でございます。聞けばタロト部はマタージがハーンの位を継いだとか。マタージは恐れるに足りませんが、奴とフドウの小僧は盟友(アンダ)の誓いを交わした仲、遠からず連合するでしょう」


 あとを受けてハサンも言う。


「フドウの小僧は初陣にダルシェを(はし)らせ、ジョンシとズラベレンを併せ、自軍に倍するベルダイ右派の軍を連丘(メルヒル・ブカのこと)に破るなど、なかなかの良将。早めに叩いておくのが得策です。タロトがフドウに投じれば一戦に破るのは難しくなります」


「なるほど、それはそうだ。早速一軍を興してフドウを討とう」


 そう言ってイシャンを呼んだ。すぐにやってくると拱手してそこに控える。ジエンとハサンは、その勇者ぶりに感嘆の(ダウン)を漏らす。ミクケルは言った。


「ジョルチ部の小僧どもを攻めることにした。お前はすぐに出立できるよう軍を整えよ」


「我が軍はすでに命を待つばかりでございます。明日にもここを発てましょう」


 その言葉におおいに気を好くして言うには、


「よし、先鋒(アルギンチ)に任ずる。亡族の小僧にひと泡吹かせてやるがいい」


 イシャンが退出すると、ハサンが言うには、


「奴らは先年、寡兵をもってベルダイ右派を破っております。同じ手を使うかもしれませぬ。サルカキタンが敗れたメルヒル・ブカは、丘陵(ドブン)連なり視界悪く、大軍の運用には適しませぬ。またここに籠もられては苦戦は必至、そこでまず一将をお(つか)わしになって連丘を制するべきかと存じます」


 それもなるほどと思い、カヂュとフウテイの二将にシモウル氏の兵を預けて、メルヒル・ブカに向かわせた。


 翌日、イシャンはウラカン氏の強兵七千をことごとく揃えると、ミクケルに挨拶して進発した。ミクケル自身もスンワ、カオエン両氏の大軍を従えて、すぐに発つ予定である。


 七千騎は、喪神鬼イシャンを先頭に旌旗(トグ)(なび)かせて、広大(ハブタガイ)平原(タル・ノタグ)(ヂェウン)へと向かった。あとに続くはトゥイン・チノ、マムル、バクチェなどの若い勇将たち。




 ウリャンハタ出撃の報は瞬く間(トゥルバス)草原(ケエル)を駆け、ほどなくインジャのもとにも達した。そこで諸将を集めて(はか)った。居並ぶ顔ぶれを見れば、併せて十一人。


 (ヂェウン)の席に並ぶは、ナオル、セイネン、コヤンサン、ドクト、ハクヒ、シャジ。(バラウン)の席に連なるは、タアバ、イエテン、ハツチ、ジュゾウ、タンヤン。みな一様に緊張した面持ちで控える。


「ウリャンハタの先鋒はイシャン率いる七千騎。先のタロトとの(ソオル)ではその名のとおり鬼神(チュトグル)のごとき豪勇(クチュトゥ)で、タロトの繰り出す上将を次から次に討ちとったという。(たの)みの連丘は、入口をすでに敵騎五千が固めているとのこと。さらにはミクケル・カンが一万七千騎をもってあとに続いているとか。この危機(アヨール)にどう対するか、みなの意見を聴きたい」


 諸将は誰一人、(アマン)を開くこともできない。敵は併せて三万騎の大軍、対する味方(イル)一万騎(トゥメン)を超えるかどうか、劣勢は明らかである。さすがのナオル、セイネンもすぐには妙策を出しがたい。


 ドクトが痺れを切らして(にわ)かに大声で言うには、


「こうして(テリウ)を並べて黙っていてもしかたない。敵は刻一刻と近づいているんだぞ。(オロ)を決めて出陣するほかないではないか。一戦して不利ならそのときはそのときだ」

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