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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
93/783

第二 四回 ①

マタージ盟友を迎えて即位を宣揚し

イシャン君命を奉じて義君に相対す

 マタージが悲嘆(ゲヌエル)に暮れているところへゴルタが来客を告げたが、いよいようち沈むばかり。それでも(ようや)く答えて、


「誰とも会いたくないのだが、名だけは聞いておこう」


「若君もよくご存知の方々ですよ」


 その口ぶりが喜び(ヂルガラン)(はず)んでいたので、少しばかり興味を覚えたマタージは、立ち上がってゲルを出た。するとそこにあったのは懐かしい面々。


「おお、義兄上!」


 駈け寄って(ガル)を取った相手とはほかでもない、ジョルチ部フドウ氏族長(ノヤン)インジャであった。背後に控えるは、やはりジョルチ部のジョンシ氏族長(ノヤン)ナオル、ほかにドクト、ハツチ、タンヤンの四人の好漢(エレ)


「よく参られた。さあ、入られよ」


 先ほどまでとうって変わった表情で五人の(ヂョチ)を誘うと、主客それぞれ席を定めて改めて挨拶を交わす。インジャが気遣わしげに(アマン)を開いて、


「先の(ソオル)でジェチェン・ハーンが亡くなられたとか。(エチゲ)を知らぬ私にとってはまさに父に等しい存在。今日我がフドウがあるのも、まったくハーンのおかげ。まさかの報に(オモリウド)が張り裂ける思いだ」


 ナオルもジェチェンを第二の父と仰ぐことは同じ(アディル)だったので、沈痛な面持ちで(ニドゥ)を伏せる。マタージはこれを受けて席を降りると、拝礼して言った。


「ウリャンハタに煮え湯を飲まされ、タロトは大きな痛手を(こうむ)りました。私は非才にてどうしてよいやら判りません。義兄上、どうか(モル)をお示しください」


 インジャはあわててこれを助け起こすと、


「ウリャンハタは無名の師を興してハーンを討った。非道の(エルキム)は非命の最期を遂げると謂う。そのうちに必ず報復の機会(チャク)も訪れよう。マタージは速やかに父上の遺志を継いでハーンとなるのが孝道。有道の(エヂェン)には上天(テンゲリ)の加護があり、有名の師には諸氏の助力(トゥサ)があるのが世の(ヨス)。いつの(ウドゥル)か、きっとウリャンハタを破って父上の霊前に捧げることができようぞ」


 さらに代わる代わる慰めれば、(ようや)く気力が(よみがえ)ってきた。酒食の用意を命じると五人の好漢に礼を述べて、さらに尋ねて言うには、


「それにしてもどこで我らの敗戦を聞いてきたのですか」


 ナオルが即座に答えた。


「今やどこへ行ってもウリャンハタとタロトの話でもちきりだ。しかもタムヤにはエジシ先生をはじめ、このタンヤンの父親もいる。タムヤが攻囲(ボソヂュ)されたというだけでも驚いていたところに、重ねて聞けばタロト軍は敗れ、ジェチェン・ハーンは戦死、ついにタムヤも城門(エウデン)を開いたという。そこで居ても立ってもいられず、アイルを騒がせたというわけだ」


「エジシ先生はどうなりました」


「しかとは判らぬが、どうやらご無事のようだ。しかしウリャンハタ軍は西原に帰らずにタムヤ城外に野営しているとか。そのまま(ヂェウン)に向かえば、早晩我らとぶつかることになる」


 俄かにドクトが(ダウン)を荒らげて、


「いったい奴らが何を思って渡河してきたのか! 三万騎とは尋常の数じゃない。しかも隙を突いてジェチェン・ハーンを討ちとるとは、周到に計画された出師(すいし)に違いない。まだタムヤに留まっているところを見ても、これですむとは思えん!」


 インジャは激するドクトを(なだ)めて向き直ると、


「私と君は誓いを交わした盟友(アンダ)。ともに手を携えて難局に当たるべきだ。先の戦には間に合わなかったが、次に戦う(アヤラクイ)ときは必ず行をともにしよう」


 マタージは涙を流して礼を言うと、ゴルタを呼んでクリルタイを開催するよう命じた。ゴルタは喜んで退出すると人衆(ウルス)にその意を伝えたが、くどくどしい話は抜きにする。




 その後、五人はしばらく逗留した。クリルタイの準備は着々と進み、吉日を選んでついに開催となった。そこでマタージは満場一致でハーンに選出される。推戴を受けて壇上に登ると言うには、


「今日、ハーンとなったからには、きっと先君の(オソル)を討ち、人衆を安んずることを、上は上天(テンゲリ)に、下は大地(エトゥゲン)に、中は諸君に誓おう!」


 これがのちに通天君王と称されるマタージ・ハーン誕生の瞬間であった。そしてマジカンを右王に、ゴルタを左王に任じて、それぞれ一軍を与えた。


 インジャらはそれを見届けると己のアイルに帰っていったが、その話はこれまでとする。

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