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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
92/783

第二 三回 ④

喪神猛威を奮いてタロト潰走し

妖人冥府に入りてマタージ哭泣す

 翌日、チャルトーを先鋒(アルギンチ)として、再びウリャンハタ軍に挑んだ。


小僧(ニルカ)どもが懲りずにまた来おったか。喪神鬼、挨拶してこい」


 ミクケルが命じれば、イシャンは(ヂダ)を携えて一騎飛び出した。タロト軍からはこれを見て、チャルトー麾下随一の猛将サンデイが、やはり槍を(ガル)にして名乗りを上げる。


 両将は進み出ると馬上で拱手の礼を交わす。得物を握りなおすや、怒号を挙げて打ちかかった。すると息を呑む間もなくイシャンがサンデイを突き倒し、わっと歓声が挙がる。


「だ、誰かあの鬼神(チュトグル)を討ちとれ!」


 チャルトーが絶叫すれば、今度はヂャスス、デルゼイの二将が飛び出す。得物は一方はふた振りの長剣(オルトゥ・ウルドゥ)、一方は長柄の矛。ともに名の知れた勇将。


「二人がかりか、愚かな。手間が(はぶ)ける」


 笑みを浮かべて槍を持ち直す。ヂャスス、デルゼイは左右に分かれて同時に打ちかかった。イシャンはさっと槍を(めぐ)らせて、まずデルゼイの矛を()ね上げ、返す手でヂャススを貫く。ヂャススは一合も交えることなく草原の露(ケエリイン・シウデル)となる。


 イシャンは敵将の身体(ビイ)に刺さった槍をそのまま手放すと、今度は腰の剣を引き抜いて、残るデルゼイをばっさりと斬り下げた。そして悠々と横たわるヂャススから槍を引き抜き、タロト軍を睨みつける。それだけでタロト軍はどっと浮足立つ。


 この(チャク)を逃さずミクケルが突撃を命じれば、ウリャンハタの三万騎は(ガヂャル)を揺るがして迫った。またもタロトは追いまくられて、(ソオル)らしい戦もできずに後退する。


 何段にも備えた重厚な方陣も兵に戦意のあらばこそ、今やタロトの騎兵は(サルヒ)の音にも怯える有様。


 先鋒が崩れれば、中軍(ゴル)後軍(ゲヂゲレウル)もその煽りを受けて踏み止まるものとてなく、己の(アミン)こそ大事とていかなる命令(カラ)も振りきって背走(オロア)する。


 三十里あまりも退いて(ようや)く足を止めて点呼してみれば、やはり(アルバン)中の(ゴルバン)を失って、そればかりかチャルトーまで討ち取られていた。マジカンとマタージはおおいに嘆き悲しんで言うには、


「ああ、ただ二度の戦で我が軍勢は半分(ヂアリム)に減ってしまった。父上(エチゲ)に何と言って詫びればよいのだろう」


 良い思案があるわけでもなく、ただ涙にくれるばかり。


 そこに一騎あわてふためいて駆けつけたものがある。見ればジェチェンの側使い(エムチュ)の小者。さて何ごとぞと首を捻っていると、小者は(アクタ)を降りるのももどかしく、


「ウリャンハタの兵八千が突如アイルに攻め寄せ、我らは老兵弱兵を問わず剣を取って戦いましたがいかんせん敵せず、ハーンをはじめ留守(アウルグ)のものはことごとく討ち取られましてございます」


 そう言ってわんわんと()きだした。マタージはこれを聞くや、あっと(ダウン)を挙げて昏倒してしまった。ゴルタらがあわてて介抱するとしばらくして目は覚ましたが、声もなくただ泣き伏す。


 やがて将兵にもハーンの訃報が伝わり、全軍悲しみ(ゲヌエル)に包まれた。ゴルタが滂沱(ぼうだ)と落涙しつつも言うには、


「いつまでも悲しんでいてはなりません。即座にハーンの位をお継ぎになり、部族(ヤスタン)をまとめねばなりません」


「私は父を救うこともできなった非才の身、どうしてハーンの位を汚すことができよう。むざむざ敵に敗れたばかりか、老いた父に天寿をまっとうさせることもできぬとは……」


 そう言ってまた泣き崩れる。先の小者が(にじ)り寄って言った。


「恐れながら申し上げます。ハーンは死に臨んで言われました。『マタージをハーンとし、兄弟(クチ)を併せて困難に立ち向かうように』と。どうかそれ以上お嘆きにならず、部族(ヤスタン)の行くべき(モル)をお示しください」


「おおお、その兄弟も一人失ってしまったのだ。これが嘆かずにおれようか!」


 マタージはさらに泣き(わめ)く。これには諸将もひと言もなくただ面を伏せるばかり。ゴルタはやむなくマジカンに(はか)って、ひとまず南方に退くことにした。哭泣してやまないマタージを何とか馬上に据えて、軍馬は粛々と南下を始めた。


 アイルに戻ってみれば、壮絶な戦の(カウルガ)が広がっていた。それを見てまたマタージは気を失った。そこにタムヤが(エウデン)を開いて降伏したことが伝えられると、さしものゴルタも二の句が継げない。


 それからしばらくは何も手につかず悶々と過ごしていたが、そうするうちにも離脱(アンギダ)するものが相次ぐ。引き止めることもままならず、昔日(エルテ・ウドゥル)の面影もどこへやら、もはや衰亡の一途を辿るほかないように見えた。まさしく昨日の栄華も今日の夢、一戦敗れて上天(テンゲリ)を恨むといったところ。


 そうしているところへ(にわ)かに訪ねてきたものがあった。そのものを迎えたために、たちまちマタージは気概(ヂルケ)を復して玉座に登り、天王(フルムスタ)(まつ)って再び馬上の人となるのだが、さていったい誰が訪ねてきたのか。それは次回で。

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