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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
90/783

第二 三回 ②

喪神猛威を奮いてタロト潰走し

妖人冥府に入りてマタージ哭泣す

 マタージは、やっとのことで追いついたゴルタが横から手綱(デロア)(つか)むまで、後ろも見ずに逃げに逃げた。完敗であった。ばらばらと集まった兵を数えると、すでに(アルバン)中の(ゴルバン)を失っていた。


「イシャンという男、恐るべき将だ」


 ゴルタが進言して、


「このたびの(ソオル)はいかにもまずいものでした。次は然るべき備えをして臨むべきです。また完敗ともなればいよいよ兵の(セトゲル)は離れ、部族(ヤスタン)の存亡に関わります」


「うむ、父上(エチゲ)に申し上げて兵を送ってもらおう」


 そのころタムヤでは、援軍がいとも容易(たやす)く撃ち破られたと知って、おおいに落胆した。衆議は降伏に決したので、知事(ダルガチ)ハンマンはイシャンに使者を送った。これを接見したイシャンは答えた。


「認められぬな。帰ってハンマンに伝えよ。草原(ケエル)の民としての矜持があるのなら、刀が折れ、矢が尽きても最後まで抗戦する(モル)を選べとな」


 使者はうなだれて帰ると、青い(ヌル)でその言葉(ウゲ)を伝えた。イシャンが降伏を(こば)んだのはなぜかと云えば、あっさりタムヤが降ってはかえって具合が悪いからである。


 タロト部を完膚なきまで叩くには、さらに(ブルガ)を誘い出す必要(ヘレグテイ)がある。今日破ったのはたかだか一万騎(トゥメン)、タロト全軍の半分(ヂアリム)にも満たない。


 マタージはきっとジェチェンに援軍を要請するだろう。それをタムヤに引きつけたところで大カンの中軍(ゴル)と挟撃して殲滅(ムクリ・ムスクリ)し、かつ手薄になったタロトのアイルを襲ってジェチェンを討ち取ろうというのが策戦の骨子。よってタムヤが落ちるにはまだ早い。


「それにしても弱い。率いるものが違うと、こうも軍というのは(もろ)くなるのか」


 かつて妖人ジェチェンに率いられたタロト軍は、無類の強さを誇っていた。ところが今日の戦は、ほぼ一方的にウリャンハタがタロトを追っただけであった。


つまらぬ(ソニルホルグイ)。もっと楽しませてもらわんとな」




 さて敗報を受けたジェチェンは、長子のチャルトーと次子のマジカンに早馬(グユクチ)を送った。チャルトー、マジカンはマタージの実兄(アカ)で、それぞれ左右一万の軍を率いて叛乱(ブルガ)鎮圧に奔走していた。


 もちろん頻発する叛乱は神都(カムトタオ)の暗躍によるものだったが、さすがのジェチェンもそれには気づいていない。


 (デウ)の苦境を知った二人はすぐに軍を返すことを決めると、三日のうちにアイルに戻った。そこでさらに五千騎の増援を得て、マタージと合流(ベルチル)するべく北上した。


 マタージはこれを自ら迎えると本営に招き入れて上座に座らせた。二人とも当然のようにそれぞれ座を占めると尋ねて言った。


「敵の将は何ものか」


「喪神鬼イシャンなるもの。タムヤが落ちるのも旦夕に迫っております。ここは両兄のお力に(すが)るほかありません」


「聞けば敵軍は一万。我らは今や三万二千。どうして敗れることがあろう。いかに猛将(バアトル)とはいえ為す術もあるまい」


 翌日、三兄弟は堂々とタムヤへ進軍した。その威容は辺りを圧し、砂塵を巻き上げて進むさまは上天(テンゲリ)をも恐れぬ勢い。


 イシャンもウラカン軍七千を率いて出撃する。両軍はタムヤの(ウリダ)、ウリヤンバルと呼ばれる平原(タル・ノタグ)で対峙した。ウラカン軍の布陣は(たと)えて云えば(きり)のごとき陣形(バイダル)


 対するタロト軍は大鵬(ハンガルディ)が翼を広げたかのごとく左右に展開し、敵を包み込まんとする陣形。


 中央(オルゴル)はマタージが一万二千騎をもって守り、右翼(バラウン・ガル)にチャルトー、左翼(ヂェウン・ガル)にマジカンがあって、それぞれ一万騎を従える。


「ははは、ついに敵は全軍が飛び出してきたぞ」


 イシャンはまったく臆する様子もなく、全軍に向かって言うには、


「よいか、一気に敵陣の中央を突破する。左右の敵には目もくれるな。ただ俺の(ノロウ)だけを見てついてこい。遅れたものは死ね!」


 兵衆はこれに応じておうと喊声を挙げる。(トグ)が振られると、イシャンは得物を高々と(ホライタラ)掲げて馬腹を蹴った。七千騎がこれに続く。


「来たぞ、無謀な。誘い込んで包囲殲滅せよ」


 タロト軍も金鼓を打ち鳴らして、わっと前進する。ここに史上に名高いウリヤンバルの戦いが始まった。


 イシャンは躊躇なく、まっすぐにタロトの広げる翼の付け根へと迫った。タロトの両翼がこれを囲むように動く。


「敵は嚢中に(おちい)ったわ」


 マタージはそう呟いた途端、驚愕して(ニドゥ)(みは)った。


「な、何っ!?」


 見ればイシャンを先頭にした七千騎は包囲(ボソヂュ)が完成する前に、早くも中軍の眼前に到達したのである。その勢いたるや疾風(サルヒ)のごとく、マタージの予測(ヂョン)を遥かに上回っていた。


「ほ、包囲を急げ!」


 そう叫ぶ間にもイシャンは中軍に斬り込んできた。


「うまく嚢中に誘い込んだつもりだろうが、錐は(ふくろ)を突き破って外に出るぞ。それ進め、進め!」


 イシャンは襲い来る敵兵を、(ガル)にした(ヂダ)で突き倒し、薙ぎ払い、まるで行く手に人なきがごとく、まさに鬼神(チュトグル)のはたらきで本営に迫る。続くものもこれに感化されたか、一騎当千の猛者と化して突き進んでくる。


「喰い止めろ! ここで喰い止めれば我らの勝ちだぞ!」


 マタージが(ダウン)()らして叫ぶが、当の本人の腰がすでに浮いている。タロト軍の両翼も、あっという間に眼前を過ぎた敵の速さ(クルドゥン)にあわてて、進むものあれば遅れるものもあるという有様で足並みを乱す。

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