第二 二回 ③
トシロル神都に辱を受け大商これを救い
ダルシェ冬営に客を見て奇人これと去る
さて、ところかわってダルシェにあるチルゲイとミヤーンは、そろそろ無聊(注1)を託ちはじめていた。長城の変化のない姿容も見飽きて、心は次の旅に飛んでいる。というのは、言うまでもなく神都である。
「なあ、ミヤーン。随分と長居してしまったぞ。そろそろ発つべきではないか」
「そうだなあ。でもこの寒さじゃとても旅などできぬ。どうするんだ?」
「まあね。何かこう心躍ることはないかなあ」
二人がそうしているところへハレルヤが来て言うには、
「退屈を忍べぬようでは草原の冬を越えられぬことくらい、チルゲイは存じておろう。かりにもウリャンハタの民なのだからな」
チルゲイは口を尖らせて、
「かりにもとは余計だが、そのとおりだ。まったく冬というのは困ったものだ。冬がなければもっと豊かで楽な暮らしができるのに」
呆れかえって、
「何もせずに今でも楽をしていながらよく言うわ。みな家畜の体調に気を遣って兢々としているというのに。まったく草原の民らしからぬ奴だ」
「よく言われるよ」
チルゲイはそう言ってごろりと横になった。あっと思う間もなくすうすうと寝息を立てはじめる。ミヤーンとハレルヤは思わず顔を見合わせる。
そこへ卒かに一人の兵が駈けこんできた。
「どうした?」
「ああ、ハレルヤ様、いらっしゃいましたか。すぐに来てください。戦になるかもしれません!」
すると瞬時にチルゲイが跳ね起きて、
「ほう、この季節に珍しい! どこの阿呆だね、それは」
「ヤクマン部の旗を掲げています」
「ヤクマンか……」
ハレルヤは呟くと、兵を帰して二人に告げた。
「お前らが暇だなどと言うからだ。おそらくこの地に目を付けて来たのだろう。家畜を寒さから守るのにちょうどいいからな」
そして不敵に笑って付け加えた。
「ダルシェの冬営地とも知らずに」
早速軍装に身を固めてタルタル・チノのゲルに赴く。チルゲイも嫌がるミヤーンを促して行をともにする。これを迎えてタルタルが言った。
「愚かにも我が冬営を侵さんとする阿呆どもにダルシェの戦を教えてやれ。ハレルヤ、お前に委せる。蹴散らしてこい」
命を受けて退出すると、すぐに手勢を率いて出陣する。その数は二百。少ないと思うのは常人の浅慮に過ぎない。先頭に掲げたのは草原中を震撼させてきた魔軍の旌旗。
粛々と進んできた敵人は、その旗を見て足を止めた。ハレルヤも応じて軍を止める。静かに睨み合い、やがて機は熟す。いざ突撃の合図を下そうと右手を挙げたそのとき、
「待たれよ!」
叫んだのは何とチルゲイ。
「何だ」
「蹴散らすのはいつでもできる。その前に私が軍を返すよう説得してこよう」
「要らぬ。ダルシェの尊厳を冒すものには容赦ない制裁を」
「まあまあ、奴らもまさか魔軍がいようとは思ってなかったろう。それにひとつ考えがある。耳を貸せ」
ハレルヤはやむなく巨体を傾げる。そして囁かれた言葉に驚き呆れて、
「正気か!」
「正気、正気。私が行ったらひとまず軍を後退させてくれ。すぐに帰ってくる」
そう言ってさっさと駆けていく。何も聞かされていないミヤーンは怪訝な顔で尋ねて言うには、
「あの奇人は何をするつもりなんでしょう」
「ひょっとするともう退屈せずにすむかもしれんな」
その答えには首を傾げるばかり、皆目わけがわからない。
一方、対するヤクマン軍のほうも、敵陣から一騎だけ駆けてくるのを見て、やはり意図が解らずにいた。チルゲイは敵の眼前で馬を止めると大声で言うには、
「ダルシェの軍使である。大将は誰か! 無益に血を流したくなければ、早急に応じるがよいぞ」
(注1)【無聊】退屈なこと。心が楽しまないこと。気が晴れないこと。また、そのさま。