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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
87/783

第二 二回 ③

トシロル神都に辱を受け大商これを救い

ダルシェ冬営に客を見て奇人これと去る

 さて、ところかわってダルシェにあるチルゲイとミヤーンは、そろそろ無聊(ぶりょう)(注1)を(かこ)ちはじめていた。長城(ツェゲン・ヘレム)の変化のない姿容(ウヂェスグレン)も見飽きて、(セトゲル)は次の旅に飛んでいる。というのは、言うまでもなく神都(カムトタオ)である。


「なあ、ミヤーン。随分と長居してしまったぞ。そろそろ発つべきではないか」


「そうだなあ。でもこの寒さじゃとても旅などできぬ。どうするんだ?」


「まあね。何かこう心躍ることはないかなあ」


 二人がそうしているところへハレルヤが来て言うには、


「退屈を忍べぬようでは草原(ケエル)(オブル)を越えられぬことくらい、チルゲイは存じておろう。かりにもウリャンハタの(イルゲン)なのだからな」


 チルゲイは(アマン)を尖らせて、


「かりにもとは余計だが、そのとおりだ。まったく冬というのは困ったものだ。冬がなければもっと豊か(バヤン)で楽な暮らしができるのに」


 呆れかえって、


「何もせずに今でも楽をしていながらよく言うわ。みな家畜(アドオスン)の体調に気を(つか)って兢々としているというのに。まったく草原の民らしからぬ奴だ」


「よく言われるよ」


 チルゲイはそう言ってごろりと横になった。あっと思う間もなくすうすうと寝息を立てはじめる。ミヤーンとハレルヤは思わず(ヌル)を見合わせる。


 そこへ(にわ)かに一人の兵が駈けこんできた。


「どうした?」


「ああ、ハレルヤ様、いらっしゃいましたか。すぐに来てください。(ソオル)になるかもしれません!」


 すると瞬時(トゥルバス)にチルゲイが()ね起きて、


「ほう、この季節に珍しい! どこの阿呆(アルビン)だね、それは」


「ヤクマン部の(トグ)を掲げています」


「ヤクマンか……」


 ハレルヤは呟くと、兵を帰して二人に告げた。


「お前らが(ザウタイ)だなどと言うからだ。おそらくこの(ガヂャル)に目を付けて来たのだろう。家畜を寒さから守るのにちょうどいいからな」


 そして不敵に笑って付け加えた。


「ダルシェの冬営地(オブルヂャー)とも知らずに」


 早速軍装に身を固めてタルタル・チノのゲルに赴く。チルゲイも嫌がるミヤーンを(うなが)して行をともにする。これを迎えてタルタルが言った。


「愚かにも我が冬営を侵さんとする阿呆どもにダルシェの戦を教えてやれ。ハレルヤ、お前に(まか)せる。蹴散らしてこい」


 (カラ)を受けて退出すると、すぐに手勢を率いて出陣する。その数は二百。少ないと思うのは常人の浅慮に過ぎない。先頭に掲げたのは草原(ミノウル)中を震撼させてきた()()の旌旗。


 粛々と進んできた敵人(ダイスンクン)は、その旗を見て(フル)を止めた。ハレルヤも応じて軍を止める。静かに睨み合い、やがて機は熟す。いざ突撃の合図を下そうと右手を挙げたそのとき、


「待たれよ!」


 叫んだのは何とチルゲイ。


「何だ」


「蹴散らすのはいつでもできる。その前に私が軍を返すよう説得してこよう」


「要らぬ。ダルシェの尊厳を冒すものには容赦ない制裁を」


「まあまあ、奴らもまさか魔軍がいようとは思ってなかったろう。それにひとつ考えがある。(チフ)を貸せ」


 ハレルヤはやむなく巨体を(かし)げる。そして(ささや)かれた言葉(ウゲ)に驚き呆れて、


「正気か!」


「正気、正気。私が行ったらひとまず軍を後退させてくれ。すぐに帰ってくる」


 そう言ってさっさと駆けていく。何も聞かされていないミヤーンは怪訝(けげん)な顔で尋ねて言うには、


「あの奇人は何をするつもりなんでしょう」


「ひょっとするともう退屈せずにすむかもしれんな」


 その答えには首を(かし)げるばかり、皆目わけがわからない。


 一方、対するヤクマン軍のほうも、敵陣から一騎だけ駆けてくるのを見て、やはり意図が解らずにいた。チルゲイは敵の眼前で(アクタ)を止めると大声で言うには、


「ダルシェの軍使である。大将は誰か! 無益に(ツォサン)を流したくなければ、早急に応じるがよいぞ」

(注1)【無聊(ぶりょう)】退屈なこと。心が楽しまないこと。気が晴れないこと。また、そのさま。

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