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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
81/783

第二 一回 ①

チルゲイ草原に機知を(めぐ)らし虎口を脱し

トシロル遊楼に罵言を放って女禍を招く

 ミヤーンの家に押しかけて一泊したチルゲイは、翌朝早く目が覚めた。


 庭のほうから、えいっ、やぁっ、とかけ声が聞こえる。さてはそのせいで起こされたのだなと思い、何ごとかと表に出てみればミヤーンが棒を振るっている。チルゲイが見ているのにも気づかぬ様子。


 ほほうとチルゲイは感心する。正心の構えから繰り出される(エルデム)の数々は変幻自在、転変万化、無窮の連環といったところ。


 しかしやがてチルゲイは笑いだす。というのもどこかおかしいのだ。ミヤーンが懸命になればなるほど何やら滑稽なのである。それで(ようや)く気づいたミヤーンは、(ガル)を休めて言った。


「おお、見られていたか」


「おお、ではない。朝からえいやあ、えいやあ、おかげで目が覚めたわ」


「悪かったな。……それより何を笑った」


「何を? ああ、君の棒術、どこか滑稽で……」


 これには憤慨して食ってかかる。


「滑稽だ? 失敬(ヨスグイ)な奴だな。笑うからには君もかなりできるんだろうな」


いや(ブルウ)、あいにく武芸は不心得でな」


「それなら笑うな。だいたい草原(ケエル)の民が武芸ができぬとは何だ……」


 ぶつぶつ言いながら中に入ってくる。


「旅先で何かあったら君のその棒が役に立つかもよ」


「もうよいわ」


 チルゲイとミヤーンは朝食をすませると、旅の準備にとりかかる。


「まことに行くのか?」


 ミヤーンはもうひとつ乗り気ではなかったが、強引に説き伏せてやっと旅装が整う。預けてあった(アクタ)を出し、(くつわ)を並べて渡し場(オングチャドゥ)に向かったところ、偶々(たまたま)カトメイに()った。


「チルゲイではないか、どこへ行く?」


「おお、カトメイ。ふふふ、聞いて驚け。これから東方見聞の旅に出るのだ」


 これを聞いて(セトゲル)の底から驚いたが、また呆れかえって言うには、


「これから(オブル)だというのに無謀な奴だ。やめておけ、河東は治安も悪い」


「心配要らぬ、準備は万端だ。もし野盗(ヂェテ)に遭ったら、このミヤーンの棒が炸裂するって寸法だ」


 カトメイは不審げにミヤーンに一瞥をくれて、


「まあ、お前のことだから心配ないとは思うが……。そうだ、これをやろう」


 そう言うと身に着けた皮裘(かわごろも)を脱いで、チルゲイに手渡した。


「こんな上等なもの、要らんぞ」


「そう言うな。草原の冬の厳しさはもちろん知っておろう。持っていくがいい」


「じゃ、貰っておこうかな。ありがとう」


 いざ、カトメイと別れて舟に乗り込む。ミヤーンは初めて(フル)を踏み入れる東岸への不安と期待に、知らず興奮している様子。もちろんそれはチルゲイも同じこと。


 二人はまず長城(ツェゲン・ヘレム)を目指すことにした。道中は飢えては喰らい、渇いては飲み、夜休み、朝発つお決まりの行程。何日かは格別のこともなく、行けども行けども見渡すかぎりの大草原(タル・ノタグ)


 ミヤーンはそれだけで十分驚くに足るらしく、しきりに感心していたが、それにもすぐに慣れてすっかり飽きてしまった。


「それにしても何もないなあ。誰にも()わんし、帰ろうや」


「何を言う。いいんだよ、誰にも遭わなくて」


 そう言いつつ進んでいくと、何やらアイルらしきものが見える。


「おい、ミヤーンが妙なことを言うから、人に逢えそうだぞ」


「野盗の類じゃあるまいね」


「さあな、ここからじゃ判らんよ」


 (くつわ)を並べて近づく。と、あのチルゲイがはっと息を呑んで、みるみるうちに青ざめる。


「どうした?」


 ミヤーンが(いぶか)しむ。チルゲイは(マグナイ)に汗すら浮いている。


「おい、あの(トグ)を見ろよ。ありゃ放浪部族(ヤスタン)ダルシェのもんだぜ」


「ダルシェ? 何だそれは」


「知らんのか。一定の牧地(ヌントゥグ)に留まらず、草原(ミノウル)中を荒らし回っている連中さ。数は多くないが草原(ミノウル)に冠たる強兵(ヂオルキメス)を擁している。近年はただ一度を除いて負け知らず。まあ、その一回だって奴らは負けのうちに数えてないだろうよ」


 一気にまくしたてたが、ミヤーンは眉間に皺を寄せて言うには、


「待て待て、話がよく解らん。要するに危険(アヨール)なのか?」


 ごくりと(シルスン)を呑み込んでひと言、


そうだ(ヂェー)


「逃げたほうがよくないか?」


「判らん」


「は?」

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