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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
8/782

第 二 回 ④

ハクヒ(あした)に城外に学士に面会し

ムウチ夜に夢中に天王に拝謁す

 翌日、エジシがやってきて言うには、


「ご世嗣の名を決めねばなりませんな」


「何か良い名がありましたら、お教えくださいませんか」


「そうですねぇ、では考えておきましょう。ちょうど明後日が吉日に当たっておりますから、それまでに」


「よろしくお願いします」


 それからエジシは書を紐解いたり、ハクヒと相談したりしていたが、そうこうするうちにはや二日が経った。ムウチが尋ねて、


「良い名がありましたか」


 するとにやりと笑って、


はい(ヂェー)。『インジャ』というのはいかがでしょう」


「インジャ? どういう意味でしょう」


「『失われしものを繋ぐ』、また転じて『諸氏を統べる』という意味です」


 ムウチは(ハツァル)(ほころ)ばせると、


「すばらしい名です。早速みなを呼んで伝えましょう」


 かくして一同が集められた。ムウチからその名が告げられると、誰もがおおいに喜んだのは言うまでもない。


 さて、このインジャと名付けられた赤子(ニルカ)こそ本編の主人公。しかし草原(ミノウル)に縦横に活躍するのはまだまだ先の話。しばらくは(バリク)でその成長を待つということになる。


 くどくどしい話は抜きにして、途中格別のことがないのを幸い、ひと息に話は六年後のこととする。




 ある(ウドゥル)のこと。エジシの姿(カラア)は久しぶりに草原(ケエル)にあった。タムヤを庇護するタロト部ハーン、「メンドゥの妖人」の異名をとるジェチェンに召喚されたからである。


「ハーン、お久しぶりです。本日はいったいどのようなご用件でしょう?」


「おお、エジシ。お前を呼び出したのはほかでもない。お前のところで亡族の小僧(ニルカ)を養っていると聞いた」


 そう言うジェチェンの容貌(ガタル)を見れば、身の丈八尺、長髯(オルトゥ・サハル)をたくわえ、眼光は(ブルゲト)のごとく、胴回りは樽のごとく、まことに堂々たる偉丈夫。ハーンとなって十年、草原(ミノウル)にその名を轟かせていた。


 エジシは内心驚いたが面には出さず、


お耳(チフ)に入りましたか。ええ(ヂェー)、フドウの世嗣をお預かりしています」


 ジェチェンは幾度か頷くと、ついと身を乗り出して言うには、


「どうじゃ、その小僧をわしに託さぬか」


 さすがのエジシも心底驚いて、思わず(ニドゥ)(みは)る。


「おや、それはまたいったいどういうおつもりで」


「いずれフドウ再建に助力(トゥサ)してやろうというのだ。さすればきっと我がタロトの(シドゥ)となって、敵人(ダイスンクン)戦う(アヤラクイ)であろう」


 エジシは、いつの間にやらもとのにこやかな態度に戻ったが、密かに思慮を巡らせていた。妖人とも称されるあのジェチェンが、何の打算もなくこんなことを言い出すはずがない。将来はタロトのために戦ってもらうなどと理屈はつけているが、そんな曖昧な見返りで動く男ではない。


「悪い話ではなかろう。もちろん小僧だけではない。その母親(エケ)従者(コトチン)どもも、まとめて引き取ろうではないか」


 それを聞いて(ようや)くエジシは得心した。なるほど、ジェチェンの狙いは、子ではなく母のほうであったか。たしかにフドウのムウチといえば美人(ゴア)の誉れ高く、噂によればかのフウを謀殺したテクズスの本心(カダガトゥ)も、ムウチ略奪にあったとかなかったとか。


 これはなかなか困ったことになった。


 インジャのためを思えば、ジェチェンの申し出はまことに時宜を得た名案である。フドウを復興するためには早晩草原(ケエル)に帰らなければならぬ。


 しかし亡きフウの恩に(かんが)みれば、ほかでもないムウチをジェチェンに売るのは、いかにも仁義に(もと)る。ともかく(アマン)を開いて言うには、


「さすがはハーン、すばらしいお考えです」


 ジェチェンはおおいに満足して、


「そうであろう。お前に(まか)せるゆえ、きっとここに連れてくるがいい」


「かしこまりました。しかしながら、申し上げます」


 とて(ホロー)を立てて話しはじめたことから、いよいよ幼子(チャガ)は母の(ガル)を離れ、草原にその資質を磨くということになるのだが、さてエジシは何と言ったか。それは次回で。 

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