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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
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第一九三回 ②

神風将ダナ・ガヂャルに征きて(すなわ)ち姦婦を(とら)

慕兼成ドルベンを軽んじて二たび上申を(しりぞ)ける

 そのときダナ・ガヂャルにあった名のある高官は、旧七卿の一員たるスーホのみ。財務に明るい色目人である。と云っても部族(ヤスタン)豊か(バヤン)にする術を知るものではない。


 いかにして人衆(ウルス)より奪うか、いかにして国庫より(かす)めるか、いかにして私腹を肥やすか、そういう奸智にばかり()けた佞臣。当然ながらこれを怨まぬものはなく、突入した兵衆にあっさりと殺される。アステルノが命じるまでもない。


 捕らえた梁公主とジャンクイは、一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンと黒曜姫シャイカの監視下に置かれた。ここに二人の女傑を配したのは、梁公主が()()()使()()と聞いたからである。


 こうしてインジャ(ひき)いる北軍は、四方に派遣していた僚友(ネケル)の帰参によって、併せて一万騎(トゥメン)ほどの増援を得た。ははあ、軍師の予言(ヂョン)とはこのことだったかとみなが思ったが、当のサノウが言うには、


「まだまだ。彼らの合流(べルチル)もさることながら、それだけでは(ツェツェク)が咲き、実が熟すと云うには足りません。もうしばらくお待ちください」


 そう(うそぶ)いたきり、(つまび)らかには語らない。石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジなどは(ハツァル)を膨らまして誰にともなく言うには、


「また軍師の悪い癖だ。いつも肝心のことを言わぬ」


 偶々(たまたま)これを耳にした奇人チルゲイが呵々と笑って、


「みなを驚かせたいんだろう。かわいいところがあるではないか」


「かわいい!? そんなわけあるか!」


 余談はさておき、怠りなく待つこと数日。サノウは神行公(グユクチ)キセイに何ごとか命じて遠方へ遣ったりしていたが、そのキセイが満面に笑みを浮かべて帰陣すると、


「軍師の先知(デロア・オルトゥ)たるや、かの古の謀臣、ボログル・トグ(注1)に比肩するべきものですなあ!」


「何だ? 良い報せか」


 神箭将(メルゲン)ヒィ・チノが鋭く問えば、


はい(ヂェー)! ただもう二刻もすれば判ること、言わないでおきましょう」


 とて、あとは何を訊かれてもにやにやしている。好漢(エレ)たちは何とももどかしく隔靴掻痒(かっかそうよう)(注2)、たった二刻を一日千秋の思いで過ごす。しかしキセイの言ったとおり、やがて朗報の仔細が明らかになる。負傷者を連れてやや北方に退避していた第八翼から、鉄将軍(テムル)ヤムルノイが息せき切って駆けてくると告げて言うには、


援軍(トゥサ)です! 援軍がまいりましたぞ!!」


 そう言われても思い当たるところがない。一同は仰天して幕舎(チャチル)を飛びだし、北方(ホイン)(ニドゥ)を凝らす。じっと視ていると、地平の彼方から次第に幾筋もの砂塵が上がり、そのうちに無数の旌旗(トグ)の揺らめくのが眼に入る。まもなく軍影が姿(カラア)を現し、万騎を下らぬ大軍がだんだんと近づいてくる。


 初めは遠く(ホル)に、ついには近く(オイル)馬蹄(トゥル)の響きが耳朶(じだ)を打ち、靴の底から微かに大地(エトゥゲン)の震動が伝わる。そのころには(ようや)く援軍の全容が(あらわ)になる。鉄鞭(テムル・タショウル)のアネクが快哉を叫んで、


「あれはベルダイの旗じゃないか!」


 そう、それは中原で留守(アウルグ)を預かっていた霹靂狼トシ・チノ率いる軍勢。将兵はわっと歓声を挙げる。インジャは目を円くしてサノウを顧みると、


「軍師の予言はこのことだったか。しかしこれはいったい……」


「ヴァルタラの勝利ののち、すぐに早馬(グユクチ)を放って出陣を命じてあったのです」


「おお、何と!」


「勝ったとはいえ、損耗は甚大にならざるをえませんでした。四頭豹を逃したからには、さらなる激戦が続くと看て、招き呼びたる(ダルバアン・ウリャア)もの。ハーンの了承なく兵馬を動かしたこと、どうかお赦しください」


「赦すも赦さぬもない。軍略についてはもとより軍師に一任している。まことに時宜を得た措置であった。礼を言うぞ」


 サノウは恐悦のあまり平伏して、言うべき言葉(ウゲ)も知らない。


 ベルダイ軍は適当な地を定めて、(トイ)()いた。その数、約二万騎。何よりみなを喜ばせたのは、大量の替馬(コトル)を連れてきたことである。布陣を()えると、トシ・チノは麾下の将とともにインジャに拝謁する。


 その顔ぶれはと云えば、長韁縄(デロア・オルトゥ)サイドゥ、(シルガ)(・クル)(ガナ)マルケ、霖霪(りんいん)駿驥(しゅんき)イエテン、慈羝子コニバン、旱乾(かんかん)蜥蜴(せきえき)タアバの五名。いずれもオロンテンゲルの山塞に籠もっていたころ(注3)から従う古参の僚友。


 インジャたちはおおいに喜んで久闊を叙する。またコニバンなどはずっと留守を守っていたので、近年新たに加わった好漢の中にはほぼ初見のものもあった。そこで互いに名乗りあって親交を結ぶ。


 トシ・チノたちの到着によって俄然士気は昂揚し、将兵とも雪辱を期して再戦を待ち望むようになった。サノウが言った。


「漸く戦うべき形が整いました。陣容を改め、策戦を定めて進軍するときです」


 十二万の将兵は、たちまち八翼から七翼に再編される。


 第一翼の主将は、やはり赤心王(フラアン・セトゲル)インジャ。以下、獬豸(かいち)軍師サノウ、霹靂狼トシ、百策花セイネン、鉄鞭アネク、長韁縄サイドゥ、石沐猴ナハンコルジ、黒曜姫シャイカ、霖霪駿驥イエテン、旱乾蜥蜴タアバの計十名。


 第二翼を率いるは「万人長の中の万人長」たる神箭将ヒィ・チノ。以下、獅子(アルスラン)ギィ、蓋天才ゴロ、白夜叉ミヒチ、白面鼠マルケ、妖豹姫ガネイ、神行公キセイの計七名。


 第三翼は超世傑ムジカ。以下、紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカ、神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノ、打虎娘タゴサ、赫彗星ソラ、奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドの計六名。


 第四翼は衛天王カントゥカ。以下、潤治卿ヒラト、紅大郎(アル・バヤン)クニメイ、麒麟児シン、一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク、知世郎タクカ、矮狻猊(わいさんげい)タケチャクの計七名。


 第五翼は碧睛竜皇アリハン。以下、奇人チルゲイ、黄鶴郎セト、盤天竜ハレルヤ、一丈姐カノン、活寸鉄メサタゲ、白日鹿ミアルンの計七名。


 第六翼は花貌豹サチ。以下、神道子ナユテ、竜騎士カトメイ、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカ、娃白貂(あいはくちょう)クミフ、笑破鼓クメンの計六名。


 第七翼は王大母ガラコ。以下、聖医(ボグド・エムチ)アサン、飛生鼠ジュゾウ、ミヤーン、靖難将軍イトゥク、牙狼将軍(チノス・シドゥ)カムカ、鉄将軍ヤムルノイの計七名に加えて、まだ傷の浅かった癲叫子ドクト、雷霆子(アヤンガ)オノチ、呑天虎コヤンサン、殺人剣カーの四名が快癒を待つ。


 余の重傷者は、慈羝子コニバンに守られつつ中原に帰ることとなった。医師(エムチ)として天仙母キノフがこれに随い、碧水将軍(フフ・オス)オラル、黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)バラウン、迅矢鏃(ヂェベ)コルブなど十四名が、(うら)みを(のこ)しつつも僚友に後事を託して離脱することとなった。

(注1)【ボログル・トグ】ジュレン帝国を建てたムルヤム・ハーンに仕えたとされる伝説の軍師。第一〇三回①参照。


(注2)【隔靴掻痒(かっかそうよう)】思うようにならないで、もどかしいこと。ものごとの核心に触れず、歯がゆいこと。靴を(へだ)てて痒いところを掻く意から。


(注3)【オロンテンゲルの山塞に~】かつてインジャは、神都(カムトタオ)と結んだミクケル・カンの侵攻を受けて、オロンテンゲル山に難を避けた。第二 六回②ほか参照。

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