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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
757/785

第一九〇回 ①

ムカリ耶律老頭を拐引(かいいん)して必生を期し

オノチ三色道人に肉迫して死命を制す

 さて、義君インジャを迎えて意気揚がる北軍は、嬉々として四頭豹ドルベンとの決戦に臨んだ。のちに「十四翼の役」と称される会戦(ソオル)である。前軍(アルギンチ)神箭将(メルゲン)ヒィ・チノ、超世傑ムジカ、獅子(アルスラン)ギィの三傑(ゴルバン・クルゥド)を配し、万全の布陣をもって押し進む。


 やがて射程に達して、互いにテンゲリを埋め尽くすほどの矢を放つ。次第に優位に立ったのは北軍。南軍は亜喪神ムカリこそ奮闘したものの、三色道人ゴルバンは友軍(イル)を顧みることも(あた)わず、吸血姫ハーミラに至っては早々に離脱(アンギダ)する有様。


 ハーミラが退いたのは、(トイ)(つら)ねてともに戦っていたチンラウト勢が崩れたからである。潰走した兵衆は、隣接せるムカリ軍の戦列(ヂェルゲ)をも乱す。すかさずヒィ・チノの(カラ)を受けた一丈姐(オルトゥ・オキン)カノンが突き入れば、混乱はもはや覆いようがない。


 カノンは駆け回るうちに、チンラウトの姿(カラア)を視界に(とら)えた。


「何たる僥倖、テンゲリのお導きに違いない」


 追いかけて散々に挑発すれば、果たして怒髪(テンゲリ)()く。舌戦はそこまで、あとは(ヂダ)()っておおいに打ち合った。そのうちにチンラウトの穂先が乱れはじめる。しばらくは必死に(ふせ)いでいたが、(ようや)(たま)りかねて、


「おい、小娘(オキン)。勝負はお預けだ」


 馬首を(めぐ)らさんとしたが、


阿呆(アルビン)だね、誰が逃がすものか。戯言は冥府(バルドゥ)で言いな!」


 言うや否や、迅雷(アヤンガ)のごとき一撃を繰りだせば、狙い(たが)わず(ホオライ)の下を刺し貫く。悲鳴を挙げる暇も与えない。


 かつては内廷の長としてトオレベ・ウルチに重用され、七卿(注1)の一員に数えられるほどの権勢を誇ったチンラウトも、実は阿諛(あゆべ)便佞(んねい)(注2)をもって成り上がった宦者に過ぎぬ。


 多少は腕に覚えがあったかもしれぬが、所詮将器にあらず、(ウネン)の勇将にどうして(かな)おうか。昔日(エルテ・ウドゥル)の栄華も虚しく、辺境に屍を(さら)すこととなった。


 北軍の士気はいよいよ高揚し、盛んに攻め立てる。かくして右翼(バラウン・ガル)に続いて左翼(ヂェウン・ガル)でも(ブルガ)を圧倒する。


 対するゴルバンは堅強無比を(うた)われた名将ではあったが、いかんせん盤天竜ハレルヤ独りを持て余す。その鋭鋒を(かわ)しつつ徐々に退いて、やっとのことで戦陣を保つ。


 左右の翼を()がれたムカリも、たちまち苦境に(おちい)った。癲叫子ドクト、雷霆子(アヤンガ)オノチ、小金剛モゲトの突入を許した上に、ヒィ・チノ率いる本隊が加わっては手の打ちようがない。


 たとえナルモント軍を退ける術があったとしても、あとには碧睛竜皇アリハン、(テムル・)(タショウル)のアネク、そしてインジャ(ひき)いるジョルチ軍一万八千騎が、さらにその奥には()()()()()()()衛天王カントゥカの二万騎が控えている。


 ムカリは絶望して、副将のシャギチに言うには、


「敵は雲霞のごとき大軍。天地が(くつがえ)りでもしないかぎり勝算はない。今は相国(サンクオ)に勧めて、撤退(オロア)するべきだ」


承知(ヂェー)。火急の(とき)なれば、私自ら早馬(グユクチ)を務めましょう」


 去らんとするシャギチをいったん制して(ダウン)(ひそ)めると、


「よいか。俺はここで死ぬ気はない。殿軍はあの謹厳な三色道人に(まか)せて、何としても離脱する。お前もすぐに戻ってこい」


 あまりのことにシャギチは(ニドゥ)を円くする。かまわず続けて、


「ともに西原に帰ろうぞ。同志(イル)を糾合して、彼奴らに一矢報いん」


 (ようや)くシャギチは半ば(アマン)を開く。僅かに逡巡していたが、(オロ)を決して言うには、


「では、大カン(注3)は……?」


 これを聞いたムカリは、(フムスグ)(しか)めて、


「あんな無能(アルビン)、放っておけ。足枷(チョドル)になるばかりだ」


「…………!?」


「それより有用なものが一人ある。相国(サンクオ)(もと)を辞したら、必ず連れてまいれ」


「そ、それは……?」


 ムカリはそっとある男の名を(ささや)く。そして、


「今後の我らに、あのものの技能(エルデム)は何としても必要(ヘレグテイ)だ。何が何でも連れてこい。さあ、行け(ヤブ)!」


承知(ヂェー)!!」


 シャギチは(はじ)かれたように駆け去る。ムカリはその(ノロウ)を一瞥するや、再び戦闘(カドクルドゥアン)に身を投じた。心の定まったことでかえって(クチ)が湧いたか、まさに鬼神(チュトグル)のごとき猛勇を振るう。




 そのころ主将たる四頭豹は、シャギチごときの進言を待つまでもなく、冷静に戦局を見極めていた。謀臣たる混血児(カラ・ウナス)ムライを顧みて言うには、


「陣を払う用意を。ここを()てて上段に退かん。三色道人に殿軍を命じよ」


 先に述べたように、ツァビタル高原の地勢は、大きく分けて上下二段を成している。現在の戦場は、平原(タル・ノタグ)から一段(のぼ)ったところ、言わば下段である。


 南軍が布陣しているのはその南端、上段の高原へと続く斜面の中腹。この上には、さらに広大(ハブタガイ)な平地が広がっている。そこをずっと南下すれば、いずれ中華(キタド)の築いた長城(ツェゲン・ヘレム)を望むはずである。

(注1)【七卿】ヤクマン部前ハーン、トオレベ・ウルチの下で権勢をほしいままにした奸臣たち。ダサンエン、コルスムス、スーホ、ウルイシュ、チンラウト、大スイシ、小スイシの七人。第八 一回②参照。


(注2)【阿諛便佞(あゆべんねい)】口先だけ調子のいいことを言って、(おもね)(へつら)うこと。


(注3)【大カン】ムカリたちが擁立したヂュルチダイのこと。先にシャギチ自ら、ジャンクイ・ハーンの居るダナ・ガヂャルに送った。第一八四回④参照。

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