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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
755/785

第一八九回 ③

オノチ火竜を飛ばして尸解兵を殄戮(てんりく)

インジャ三傑を立てて四頭豹と会戦す

 そもそもなぜツァビタル高原での(ソオル)が、「十四翼の役」と名づけられたのかと云えば、南北併せて十四のクリエン(注1)が参戦したからである。「翼」とは、クリエンを数える単位にほかならない。


 北軍はインジャ(ひき)いる第一翼から、ガラコの第八翼までの計八翼(ナェマン)。対する南軍は、四頭豹ドルベン、チンラウト、三色道人ゴルバン、亜喪神ムカリ、吸血姫ハーミラの五翼(タブン)に、すでに壊滅した梁軍を加えた六翼(ゾルガーン)。すなわち「()()()」というわけである。


 それはさておき、開戦を告げる金鼓の轟くや、北軍の前軍(アルギンチ)たるヒィ・チノの第二翼が待ってましたとばかりに動く。先頭に躍り出たのはドクトとオノチ。(ヂェベ)のごとく猛然と突き進む。


 ナルモント軍三万騎が、魚鱗のごとき陣形(バイダル)を保ってうち続く。そもそもその兵衆は、東原動乱(注2)を通じて鍛えに鍛えられた草原(ミノウル)に冠たる精鋭。疾駆(ダブヒア)に転じても陣形はまったく乱れない。


 これを輔けるべく、右翼(バラウン・ガル)のムジカ、左翼(ヂェウン・ガル)のギィの軍勢も前進する。両軍が形成するのは鶴翼の勢。先駆ける友軍(イル)の側面を掩護(えんご)しつつ、敵軍(ブルガ)を左右から(やく)さんとする。


 南軍は、南奥のさらなる高地へと続く斜面の中腹に(トイ)を定めたまま、微動だにしない。ただずらりと弓兵を並べて、北軍が射程に入るのを眈々(たんたん)と待つ。それを見たドクトが、(うそぶ)いて言うには、


「我らにはテンゲリの加護がある。()たるものか」


 傍ら(デルゲ)のオノチはふっと笑うと、応射の準備を命じる。足を止めるものはない。一直線に駆けながら左手に弓を(つか)み、右手で矢筒より(ネグ)の矢を取り出す。


 やがて互いに射程に達する。先に斉射の(カラ)を得たのは南軍。ムカリの陣営から驟雨(クラ)のごとく矢が放たれて、北軍の頭上に降り注ぐ。みな鞍上に伏せてこれを避けつつ、なおも接近(カルク)を試みる。あえなく的中(オノフ)して落馬、落命するものもあったが、怯む(カルタリル)ものはない。


 敵が陣を()く斜面の(すそ)に迫ったところで、やっと応射の命令が下る。北軍の兵衆は、矢の雨を掻いくぐって果敢に反撃に転じる。互いに応酬する矢がテンゲリを埋め尽くし、不運なものからばたばたと(たお)れる。


 北軍は数も(おお)く勢いも盛んであったが、やはり兵書に「軍は高きを好みて(ひく)きを(にく)む」と云うとおり、低地にあるため大きな損害を(まぬが)れない。突貫の足も止められて、それ以上容易に近づけない。


 ムカリは馬上に雀躍して、


「今こそひと息に攻め下って、彼奴らを退けてくれよう」


 いざ突撃を命じんとて身構えたそのときである。(にわ)かに左右から交錯するように矢がびゅんびゅんと飛来して、あっと驚く。何ごとかと思えば、敵の両翼がすっかり展開を()えて、盛んに矢を放ってきたもの。


 無論、三色道人や吸血姫の軍勢が応戦していたが、こちらは正面、左前方、右前方と、それぞれ正対する敵を射るのに対し、敵はこれを囲むようにして三方から中心(オルゴル)に向けて矢を集めている。よって思わぬ方角から流れてきた矢に()たるものが続出、瞬く間(トゥルバス)に数を減じる。


 こうなるともとより数に勝る北軍はますます優利、南軍はみるみる劣勢に追い込まれる。(たま)らずじりじりと後退し、当初の堅陣も乱れはじめた。


 その(チャク)を逃すヒィ・チノではない。さっと右手を挙げると、


「突撃! 一気に攻め上がれ」


 どっと金鼓が鳴り響けば、わっと喊声が挙がって、一斉に馬腹を蹴る。三万の豪勇の人々(ヂオルキメス)が、ドクトを先頭に脱兎(チャンドガン)のごとく斜面を駆け上がる。両翼も呼応して漸進(ぜんしん)、さらなる圧力を加える。


「迎え撃て!」


 ムカリが絶叫して(ようや)く南軍も弓を棄て、各々得物を掲げる。ここに前軍同士が激突、たちまち人馬入り乱れての混戦となる。攻めるも必死なら守るも必死、それも(とも)にテンゲリを(いただ)かぬ仇敵(オソル)ならば当然のこと。一敗地に(まみ)れれれば、(はかな)(むくろ)(さら)すほかないのである。


 徐々にナルモント軍が押しはじめる。さしものムカリも戦線を維持することに汲々として、驍勇を発揮する暇もない。


 右翼を預かるゴルバンは、ムカリの苦戦を察して飛天道君トウトウを助力(トゥサ)に差し向けようと図る。何となれば自軍は一万五千騎、対するマシゲル軍は一万騎(トゥメン)、僅かに余力があると判じたためである。


 しかしそこに突っ込んできたのは、盤天竜ハレルヤ。ベルダイの双璧たるカトラとタミチを(したが)え、さらには迅矢鏃(ヂェベ)コルブが支援する。かの()()の大将が至ったからには、他人のことを気にかけている余裕はない。さながら竜巻に遭ったようなもの、あわてて防戦に努めざるをえない。


 では左翼はどうかと云えば、さらに苦しい戦況。そもそもムジカ軍一万五千に対して、南軍は一万騎。それをチンラウトとハーミラが半数(ヂアリム)ずつ率いている上に、一個は草原(ケエル)の民、一個は色目人。言葉(ウゲ)や戦法はもちろん、士気や練度においても差があった。どうして足並みが揃おうか。


 そのうちにチンラウト勢が潰乱の兆しを見せる。「紅百合社(ヂャウガス)」の兵衆は、ハーミラの指揮下でしばらく敢闘していたが、もはや戦列(ヂェルゲ)(ほころ)びは(つくろ)いようがない。


 ハーミラの表情はみるみる険しくなる。黒智嚢(こくちのう)クィアームがそろりと(アクタ)を寄せて、小声で言うには、


「遺憾ながら大勢は決しました。そもそも我らはファルタバンの民、四頭豹殿と命運をともにする義理はありません」


「ふん、そのとおりだ。何としても東城まで退くよ。退却だ! 退()け、退け!」


 応じて方々でぴいいと指笛が吹き鳴らされて、色目人たちは片端から馬首を(めぐ)らす。何とかムジカ軍の鋭鋒を(かわ)して戦場から離脱(アンギダ)せんと試みる。

(注1)【クリエン】複数のアイルの集団から成り立つ部落形態。主に軍団の駐屯に際して形成され、遊牧形態から戦闘形態への転換が容易である。圏営、群団などと訳されることもある。単位は「翼」。


(注2)【東原動乱】五年前、四頭豹の計略により、ヒィ・チノの版図で起きた動乱のこと。北原での青袍教徒蜂起に始まり、ついには南伯の重職にあったシノンが叛旗を(ひるがえ)した。第一四八回②~第一五六回④参照。

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