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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
754/785

第一八九回 ②

オノチ火竜を飛ばして尸解兵を殄戮(てんりく)

インジャ三傑を立てて四頭豹と会戦す

 ついに義君インジャ(ひき)いる第一翼が、その威容を現した。粛々と兵を進めて、堂々の(デム)()く。無数の旌旗(トグ)が連なり、天幕(マイハン)幕舎(チャチル)(コセル)を埋め尽くす。


 先陣(ウトゥラヂュ)を務めた黄金の僚友(アルタン・ネケル)たちは、うち揃って伺候して主君(エヂェン)の到着を祝った。インジャはおおいに喜んで諸将の、中でもその主将たる三人の英傑(ゴルバン・クルゥド)、すなわち神箭将(メルゲン)ヒィ・チノ、超世傑ムジカ、獅子(アルスラン)ギィの武功を讃えた。さらに事の次第を聞くに及んでは、神道子ナユテ、盤天竜ハレルヤを激賞する。


 ひととおり喜び合ったところで、獬豸(かいち)軍師サノウが尋ねて言うには、


「で、南軍の様子は如何?」


 答えたのは蓋天才ゴロ・セチェン。


「妖術を破られてからは、陣地(トイ)に籠もったまま動きがない」


「ふうむ……」


 サノウは(フムスグ)(ひそ)める。ドクトが見咎(みとが)めて、


「何だ? 我らが奮戦によって(ブルガ)逼塞(ひっそく)しているのが、どうして不満なのか」


「そうではない。ただあの四頭豹ともあろうものが、(つたな)い妖術のほかに何の策もないというのは、いささか()せぬ」


「ははは、また軍師の悪い癖が出たぞ! 今度ばかりはさすがの四頭豹も打つ手がないんだろうぜ」


 笑い飛ばしたのは隼将軍(ナチン)カトラ。すかさず(えん)将軍タミチに(たしな)められる。百策花セイネンが(アマン)を開いて言うには、


「もうすぐ衛天王、花貌豹、紅火将軍(アル・ガルチュ)らの各翼が合流(ベルチル)する。そうすればこちらは敵に倍する兵力。奸計を弄する暇を与えず、一気呵成にこれを()わん!」


 勇壮な提言にみなの(セトゲル)は沸き立ち、口々に同意(ヂェー)(ダウン)を挙げる。インジャもまた大きく頷いて、


「百策花の(ウゲ)善し(サイン)。この一戦にて必ず四頭豹を(とら)え、長きに(わた)った乱世を終わらせるべし!」


 そして独り険しい(ヌル)で黙っているサノウに向き直って言った。


「軍師、それで()いな」


 拱手して何と答えたかと云えば、


「無論でございます。今や勅命(ヂャルリク)が下されたからには、我ら臣下(アルバト)はただ鞠躬如(きっきゅうじょ)(注1)として尽力するのみ」


 するとインジャの(サーハルト)にあった鉄鞭(テムル・タショウル)のアネク・ハトンが(ニドゥ)を円くして、


「また軍師は難しい(ヘツウ)言いかたをするね! 何だか解らないよ」


 それに勇を得たか、殺人剣カーが(ハツァル)()きつつ言うには、


「俺からも頼むぜ。碧睛竜皇と黄鶴郎にファルタバン語で訳してやろうと思ったが、俺が理解できないんじゃ訳しようがない」


 と、奇人チルゲイが呵々と笑って、


「大意が伝わればいいんだ! 軍師は単に、『()()()()()()()()()()()()()』って言ったに過ぎないぞ! まったくみなの心を代弁しているではないか」


 これには一同大笑い。またチルゲイの言うとおりでもあったので、好漢(エレ)たちはいずれもおおいに気を好くして、ぎらぎらと目を輝かせた。


 万全の布陣をして戦機を窺っている間に、衛天王カントゥカ率いる第五翼が到着して、中軍(イェケ・ゴル)の後背を固める。また幾日も経たぬうちに、第四翼の紅火将軍キレカ、第六翼の花貌豹サチも至る。


 インジャはサノウらと(はか)って、キレカとサチの軍勢については高地に招かずに、その東西の低地を占めさせる。これは戦場を離脱(アンギダ)した敵人(ダイスンクン)捕捉(バアリ)するためである。また万が一、友軍(イル)が不利を(こうむ)って高原から退くことがあっても、即座に左右から駆けつけてその後退を援けることができる。「智者(セチェン)の慮は必ず利害に(まじ)う」とはまさにこのこと。


 互いに動きがないまま、(ようや)く輜重を預かる王大母ガラコの第八翼が追いついてくる。報を受けたサノウは、そのまま後方に待機して固く物資を守るよう指示する。さらに紅大郎(アル・バヤン)クニメイ、石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジ、鉄将軍(テムル)ヤムルノイ、白日鹿ミアルンを割いて、第八翼に加える。これは南軍が戦局を(くつがえ)すべく輜重を襲うことを怖れたからである。


 かくして南北両軍は、それぞれ打つべき手を打ち尽くして対峙した。


 とはいえ、実は四頭豹ドルベン・トルゲ率いる南軍のほうには、何の兆候も見られない。兵を動かすでもなく、間諜を放つでもなく、塑像のごとく刀槍を並べているばかり。北軍の兵が日に日に増えても、先にヒィ・チノらと相対していたときと(ごう)も変わらない。


 サノウやアサンら知将たちは、いささか奇異に思ってあれこれ憶測を巡らせたが、多くの勇将たちは、果たして四頭豹も窮したかとますます意気軒高。それもそのはず、北軍は今や十三万騎になんなんとするのに対し、南軍は梁兵を失って数万騎を数えるばかり。やや高地に陣しているとはいえ、劣勢は誰の目にも明らか。


 先陣を担うヒィ・チノは、ひと息に敵を蹴散らさんとて突撃の合図を待ちわびる。右翼(バラウン・ガル)のムジカ、左翼(ヂェウン・ガル)のギィもいつでも飛びだす構え。


 それに続くは中軍の前衛。指揮は碧睛竜皇アリハンが()るが、ともにあるのはジョルチの誇る猛将(バアトル)、一個は鉄鞭のアネク、一個は呑天虎コヤンサン。アネクの傍ら(デルゲ)には、これを信奉するカーの姿(カラア)がある。


 本営の中心(オルゴル)にはもちろんインジャ。泰然として敵陣を眺めている。周囲にはサノウ、セイネン、ナユテ、チルゲイといったセチェン(知恵者)たち。密かにこれを護るのは黒曜姫シャイカ。長旛竿(オルトゥ・トグ)タンヤンの掲げる大将旗が、翩翻(へんぽん)とはためく。


 インジャが誰にともなく呟いて言った。


「いよいよだぞ。ついにこの(ウドゥル)が来たのだ」


 それが(チフ)に入ったかどうか、サノウが(うやうや)しく告げて言うには、


「機は熟しました。開戦の命を」


 頷いたインジャが高々(ホライタラ)と右手を挙げた。応じて一斉に金鼓が打ち鳴らされる。のちに、「十四翼の役」と称される決戦の幕が切って落とされたのである。

(注1)【鞠躬如(きっきゅうじょ)】身を(かが)めて、(つつし)(かしこ)まるさま。

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