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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
753/785

第一八九回 ①

オノチ火竜を飛ばして尸解兵を殄戮(てんりく)

インジャ三傑を立てて四頭豹と会戦す

 さて、神道子ナユテに(サルヒ)の術を破られた尸解(しかい)道士こと林孟辰。雪辱を期して新たな術を繰りだした。それこそ黒の長袍(ハラ・デール)(まと)った巨人(アヴラガ)の兵団、すなわち「()()()」。


 北軍は癲叫子ドクトと雷霆子(アヤンガ)オノチを()って試みに攻めさせる。すると驚いたことには、いくら矢が突き立って(カドゥグタダアス)も巨人の群れは歩みを止めない。業を煮やしたドクトが三叉矛を掲げて突きかかったところ、易々とその腕を()ぎ落とす。が、何としたことか、腕はたちまち再生してしまった。


 (エレグ)を潰しているところに隼将軍(ナチン)カトラが駆けつけて、これならどうだとばかりに首を()ねた。やはりあっと言う間に再復する。これにはいかな勇将といえども為す術なく退却する。兵衆の動揺は覆うべくもない。


 怪力乱神(注1)については、ナユテの領分。将兵はみなその智能に期待を寄せる。一部始終を観ていたナユテは、傍ら(デルゲ)の盤天竜ハレルヤと白夜叉ミヒチを顧みて、


「あれを何と見た?」


 問えば、ハレルヤが答えて言うには、


(けだ)し、児戯(じぎ)……」


 ナユテはおおいに喜んで、オノチに何ごとか命じる。またハレルヤには、怪異の虚像を砕くよう依頼して送りだした。ハレルヤがドクトに言うには、


「外形に惑わされてはいけない。枝葉に(とら)われてはいけない」


 ハレルヤはいざ巨人に対すると、おもむろに下馬してこれに接近(カルク)する。ふわりと大刀を掲げたかと思えば、腕や(テリウ)に止まらず、当たるを幸い片端から斬撃を加える。と、巨人の身体(ビイ)はめりめりと音を立てて(かし)ぎはじめた。破れた袍衣の下から現れたのは、低い楼車。これに人形(ひとがた)(かぶ)せて、不死の巨人を装っていたに過ぎないのであった。


 ドクトは大喜びで、


「人が造ったものならば、怪異でも何でもない。怖れるに足りぬわ!」


 しかしはたと首を捻って、


「とはいえ、みなが盤天竜と同じ(アディル)ようにはいかぬ。いかにして巨人どもを駆逐してくれようか」


 と、そこへ後背から(ダウン)がかかった。


「どけ、どけ。あとは俺に(まか)せろ! 神道子からすでに策を得ているぞ」


 声の主は、オノチ。数百騎の弓兵を率いて駆けつけると、横一列に並べて巨人に相対する。号令一下、弓に(つが)えさせた矢を見れば、ことごとく火矢。


「放て!!」


 応じて数百の火竜が宙を飛ぶ。例によって巨人はこれを避けない。また刺さった火矢を抜くこともできない。やがて(オト)は黒袍を焼き、ついには本体である楼車に燃え移る。(ようや)く方々で悲鳴が挙がり、あわてふためいた梁兵が激しく()せながら転がり出てきた。ハレルヤたちはそれを次々に討ちとっていく。瞬く間(トゥルバス)に巨人の群れは形を失い、すっかり掃討されることとなった。


 北軍の(トイ)からは大歓声。一方、南軍は(せき)として声もない。(こと)に林孟辰の狼狽ぶりは(はなは)だしく、青ざめてわなわなと震え、目瞬き(ヒルメス)すら忘れる有様。先ほどまで得意の絶頂にあったのが、一瞬にして絶望の淵に立たされる。尸解兵の(ハルハ)を失った今、亜喪神ムカリの後援があるとはいえ、寡兵をもって敵前に身を(さら)しているのである。梁軍を率いる矮飛燕こと拓羅木公もまた周章(注2)を極めて、


「ど、ど、道士! こ、これはまずい、まずいのではないか!?」


 ところが林孟辰は(オロウル)を震わせるばかり。拓羅木公は苛立ちを募らせて、


「道士、しっかりなされよ! もう術はないのか!?」


「あ、あ、あ……」


「おお! あるのか!?」


 愁眉を開きかけたが、林孟辰が、


「あ、あ、あ……」


 そう呟きつつ、ふるふると首を振ったので、こやつは意味のない音を漏らしていただけだったのか、この危急の際に何と(まぎ)らわしい、とおおいに憤慨して、もはやこれを顧みず告げて言うには、


「退却、退却! 本営(ゴル)まで退け!」


 兵衆は待ってましたとばかりに馬首を(めぐ)らし、脱兎のごとく背走する。


 (チャク)を同じくして、北軍の陣からどっと金鼓が轟く。応じて前軍(アルギンチ)が一斉に突撃に転じ、左右両翼の軍勢も一挙に押し寄せる。まさに「(はや)きこと風のごとく、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動くこと雷霆のごとし」と云ったところ。


 算を乱して逃げる梁軍数千騎は、すぐに攻勢の波に呑まれて根絶やし(ムクリ・ムスクリ)にされる。あわれ拓羅木公も林孟辰も、あえなく草原の露(ケエリイン・シウデル)と化してしまった。


 ムカリはこれを助けるどころか、そもそも尸解兵の虚妄が(あば)かれた時点で兵を留め、そのあとすぐに後退して本営の守りを固めていた。北軍の先駆け(ウトゥラヂュ)が近づくと、三色道人ゴルバン・ヂスンと(クチ)を合わせて防戦に努める。


 しばらく戦う(アヤラクイ)と、神箭将(メルゲン)ヒィ・チノは兵を退()いた。功あった将を称え、士気はさらに高まった。ちょうどそこへ飛生鼠ジュゾウが現れる。喜んで招き入れると言うには、


「いよいよハーンがご着陣されますぞ!!」


 この報に誰もが欣喜雀躍して、交々(こもごも)祝辞(ウチウリ)を述べる。またこれまでの戦果を伝えれば、ジュゾウも昂奮して、


「さすがは神箭将! 早速ハーンに伝えて参りまする」


 とて、飛ぶように去る。入れ替わるように今度は娃白貂(あいはくちょう)クミフがやってきて、


「我がカンたる衛天王の第五翼、および花貌豹の第六翼もまもなく到着します!」


 吉報に次ぐ吉報に、将も兵も拳を突き上げて万歳(ウーハイ)を唱える。その声はテンゲリをどよもし、エトゥゲンを揺るがし、敵人(ダイスンクン)心胆(ソルス)(おびや)かしたが、くどくどしい話は抜きにする。

(注1)【怪力乱神】怪しく不思議で、人知で測り知れないもののこと。


(注2)【周章】あわてふためくこと。うろたえ騒ぐこと。

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