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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
752/785

第一八八回 ④

ナユテ理を用いて林孟辰の妖術に対し

ハレルヤ力を奮いて尸解兵の機巧を(あば)

 一連の事象をつぶさに観ていたナユテは、左右を顧みて言うには、


「盤天竜、白夜叉。あれを何と見た?」


 問われた二人は、目線を交わして互いに譲り合う風だったが、やがてハレルヤが先に(アマン)を開いてひと言、


(けだ)し、児戯(じぎ)……」


 ミヒチもまた頷いて、


「あんなものはありえない。何かしかけがあるに違いないよ」


 ナユテは満足げに微笑んで、


然り(ヂェー)。持つべきものは賢き僚友(ボクダ・ネケル)だ」


 ちょうどそこへドクトとオノチが駆けつける。巨人兵(アヴラガ)に間近に接した二人が交々(こもごも)語るのを聴いたナユテは、


「やはりそうか。盤天竜、きっと君の思うところは正しい。行って、かの虚像の皮を()いできてもらえまいか」


 即座に答えて、


承知(ヂェー)容易(たやす)いこと」


 ナユテはまたドクトに言うには、


「君は盤天竜に(したが)って、その為すことをよく()ておけ」


おお(ヂェー)!」


 さらにオノチを招いて、その耳許(みみもと)に何ごとか(ささや)く。オノチの(ヌル)にみるみる喜色が浮かぶ。やがて(オモリウド)を叩いて、


「そういうことか! (まか)せておけ」


 言うや否や、駆け去った。それを見送ったハレルヤとドクトは、(くつわ)を並べて前線に向かう。ドクトがちらとハレルヤの様子を窺えば、泰然自若として何ら気負うところがない。あの謎に満ちた一群(スルグ)の巨人が近づいてきても、まるで眼中にないかのよう。


 ドクトは半ば驚き、半ば呆れつつ尋ねて言うには、


「盤天竜には彼奴らを破る方策があるのか?」


「外形に惑わされてはいけない。枝葉に(とら)われてはいけない」


「はあ? 何の話だ」


 ハレルヤは、ふふと笑うと、


「いいか、癲叫子。巨人の外形は虚だ。ひとつ(ネグ)の大きな(アミン)ではない。おそらくみっつ(ゴルバン)の小さな命。そして(テリウ)や腕は枝葉に過ぎない。殺す(アラハ)には根幹を断てばよい」


 ドクトはますます混乱して、


「何を言っているのだ。俺にはさっぱりわけが判らぬ」


「判らなくてよい。()()()()()()()()()、さ」


「ああ、そうかい」


 言い交わしているうちに(ようや)く巨人兵が眼前に迫る。相変わらず不気味な唸り声を挙げながら、じりじりと前進を続けている。


 ハレルヤはしばし(アクタ)を止め、それを(エリウン)を撫でつつ眺めていたが、(にわ)かにひらりと(コセル)に降り立った。驚いて見ていると、大刀を(ムル)(かつ)いでおもむろに巨人に近づいていく。


「おい、盤天竜! 気をつけろ!」


 ドクトが忠告したが、まったく躊躇しない。ついに一人の巨人に正対する。巨人が両手に携えた得物の刃先が、左右でゆらゆらと揺れている。しかしハレルヤは微塵も動じる気配がない。少し離れて見ているドクトのほうがおおいに(エレグ)を冷やす。


「おいおい、危ないぞ!」


 再び(ダウン)をかければ、何とハレルヤは(ブルガ)から(ニドゥ)を離して振り返る。ドクトは心臓(ヂュルケン)も止まらんばかりに吃驚して、はっと(アミ)を呑む。当のハレルヤはあわてることもなく、


「やはり虚……。見ていろ、癲叫子!」


 ふわりと大刀を掲げたかと思えば、次の瞬間には巨人の両腕と頭を()ね飛ばす。と、例のごとく肩の辺りがむくむくと盛り上がって、再生を試みる。


 ただしハレルヤの攻撃は、()()()()()()()()()。得物を大上段に振りかぶるや、力いっぱい巨人の胸板に振り下ろす。するとめきめきと音を立てて、刃が喰いこむ。


「まだまだ」


 ぎろりと目を(いか)らせると、幾度となく大刀を叩きこむ。そのうちに巨人の上体はぐしゃぐしゃと潰れていく。さらに左右から斬撃を加えれば、その巨体は次第に(かし)ぎはじめる。ついに、


「うおぉぉ……ぉぉ……、んぎゃあぁぁぁっ!!」


 唸り声が途絶えて、常人(ドゥリ・イン・クウン)のものと(おぼ)しき絶叫が(ほとばし)る。そのころには長袍(デール)はずたずたに切り裂かれて、隠れていた内部が露呈する。


 目瞬き(ヒルメス)も忘れて凝視していたドクトは、思わずあっと叫んで、


「何じゃあ、ありゃあ!?」


 長袍の下から現れたのは、ずいぶんと(いた)めつけられて原形を失いかけてはいたが、(まぎ)れもなく人の(ガル)によって造られたもの。言ってみれば丈の低い楼車(注1)。四本の支柱(トゥグル)、左右には大小の車輪、前面には矢を避けるためか厚い板が何段も張られている。


 ハレルヤがそれをどんと蹴倒せば、三人の梁兵が投げ出される。いずれもすでに息絶えている。ハレルヤはふうと息を()くと、


「実にくだらぬ。妖術(エスベルン)でも悪魔(シュルム)でも何でもない。単に楼車に人形(ひとがた)(かぶ)せて、人が操っていたに過ぎぬ。下の二人が楼車を押して動かし、上の一人が頭や腕を失えば補充していたのだ。『みっつの小さな命』というわけさ」


 これを聞いたドクトは大喜び。いかな怪異といえども内実(アブリ)を知ってしまえば、まったく恐れることはない。むしろ何に怯えていたのかと己を(わら)い、恥じて然るべき愚かしい詐術。


 まさしく称えるべきは真実(ウネン)を看破る智慧、(たの)むべきは欺瞞(クダル)を打ち砕く雄心(ヂルケ)といったところ。このことから雷霆の火竜は百乗を焼き、尸解(しかい)の命数は一瞬に尽きるということになるわけだが、果たして北軍はいかにして尸解兵を掃討するか。それは次回で。

(注1)【楼車】(テルゲン)の上に(やぐら)を載せた兵器。主に攻城に用いられる。代表的なものは、インジャが神都(カムトタオ)攻略に用いた「鴉楼(あろう)」。第一五九回②参照。

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