第一八八回 ④
ナユテ理を用いて林孟辰の妖術に対し
ハレルヤ力を奮いて尸解兵の機巧を暴く
一連の事象をつぶさに観ていたナユテは、左右を顧みて言うには、
「盤天竜、白夜叉。あれを何と見た?」
問われた二人は、目線を交わして互いに譲り合う風だったが、やがてハレルヤが先に口を開いてひと言、
「蓋し、児戯……」
ミヒチもまた頷いて、
「あんなものはありえない。何かしかけがあるに違いないよ」
ナユテは満足げに微笑んで、
「然り。持つべきものは賢き僚友だ」
ちょうどそこへドクトとオノチが駆けつける。巨人兵に間近に接した二人が交々語るのを聴いたナユテは、
「やはりそうか。盤天竜、きっと君の思うところは正しい。行って、かの虚像の皮を剥いできてもらえまいか」
即座に答えて、
「承知。容易いこと」
ナユテはまたドクトに言うには、
「君は盤天竜に随って、その為すことをよく視ておけ」
「おお!」
さらにオノチを招いて、その耳許に何ごとか囁く。オノチの顔にみるみる喜色が浮かぶ。やがて胸を叩いて、
「そういうことか! 委せておけ」
言うや否や、駆け去った。それを見送ったハレルヤとドクトは、轡を並べて前線に向かう。ドクトがちらとハレルヤの様子を窺えば、泰然自若として何ら気負うところがない。あの謎に満ちた一群の巨人が近づいてきても、まるで眼中にないかのよう。
ドクトは半ば驚き、半ば呆れつつ尋ねて言うには、
「盤天竜には彼奴らを破る方策があるのか?」
「外形に惑わされてはいけない。枝葉に囚われてはいけない」
「はあ? 何の話だ」
ハレルヤは、ふふと笑うと、
「いいか、癲叫子。巨人の外形は虚だ。ひとつの大きな命ではない。おそらくみっつの小さな命。そして頭や腕は枝葉に過ぎない。殺すには根幹を断てばよい」
ドクトはますます混乱して、
「何を言っているのだ。俺にはさっぱりわけが判らぬ」
「判らなくてよい。百聞は一見に如かず、さ」
「ああ、そうかい」
言い交わしているうちに漸く巨人兵が眼前に迫る。相変わらず不気味な唸り声を挙げながら、じりじりと前進を続けている。
ハレルヤはしばし馬を止め、それを顎を撫でつつ眺めていたが、卒かにひらりと地に降り立った。驚いて見ていると、大刀を肩に担いでおもむろに巨人に近づいていく。
「おい、盤天竜! 気をつけろ!」
ドクトが忠告したが、まったく躊躇しない。ついに一人の巨人に正対する。巨人が両手に携えた得物の刃先が、左右でゆらゆらと揺れている。しかしハレルヤは微塵も動じる気配がない。少し離れて見ているドクトのほうがおおいに肝を冷やす。
「おいおい、危ないぞ!」
再び声をかければ、何とハレルヤは敵から目を離して振り返る。ドクトは心臓も止まらんばかりに吃驚して、はっと息を呑む。当のハレルヤはあわてることもなく、
「やはり虚……。見ていろ、癲叫子!」
ふわりと大刀を掲げたかと思えば、次の瞬間には巨人の両腕と頭を刎ね飛ばす。と、例のごとく肩の辺りがむくむくと盛り上がって、再生を試みる。
ただしハレルヤの攻撃は、終わっていなかった。得物を大上段に振りかぶるや、力いっぱい巨人の胸板に振り下ろす。するとめきめきと音を立てて、刃が喰いこむ。
「まだまだ」
ぎろりと目を瞋らせると、幾度となく大刀を叩きこむ。そのうちに巨人の上体はぐしゃぐしゃと潰れていく。さらに左右から斬撃を加えれば、その巨体は次第に傾ぎはじめる。ついに、
「うおぉぉ……ぉぉ……、んぎゃあぁぁぁっ!!」
唸り声が途絶えて、常人のものと思しき絶叫が迸る。そのころには長袍はずたずたに切り裂かれて、隠れていた内部が露呈する。
目瞬きも忘れて凝視していたドクトは、思わずあっと叫んで、
「何じゃあ、ありゃあ!?」
長袍の下から現れたのは、ずいぶんと傷めつけられて原形を失いかけてはいたが、紛れもなく人の手によって造られたもの。言ってみれば丈の低い楼車(注1)。四本の支柱、左右には大小の車輪、前面には矢を避けるためか厚い板が何段も張られている。
ハレルヤがそれをどんと蹴倒せば、三人の梁兵が投げ出される。いずれもすでに息絶えている。ハレルヤはふうと息を吐くと、
「実にくだらぬ。妖術でも悪魔でも何でもない。単に楼車に人形を被せて、人が操っていたに過ぎぬ。下の二人が楼車を押して動かし、上の一人が頭や腕を失えば補充していたのだ。『みっつの小さな命』というわけさ」
これを聞いたドクトは大喜び。いかな怪異といえども内実を知ってしまえば、まったく恐れることはない。むしろ何に怯えていたのかと己を嗤い、恥じて然るべき愚かしい詐術。
まさしく称えるべきは真実を看破る智慧、恃むべきは欺瞞を打ち砕く雄心といったところ。このことから雷霆の火竜は百乗を焼き、尸解の命数は一瞬に尽きるということになるわけだが、果たして北軍はいかにして尸解兵を掃討するか。それは次回で。
(注1)【楼車】車の上に櫓を載せた兵器。主に攻城に用いられる。代表的なものは、インジャが神都攻略に用いた「鴉楼」。第一五九回②参照。




