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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
750/785

第一八八回 ②

ナユテ理を用いて林孟辰の妖術に対し

ハレルヤ力を奮いて尸解兵の機巧を(あば)

 そもそも「尸解(しかい)」とは、中華(キタド)の道家が行う秘術(エルベス)である。あるいは魂魄を肉体から解き放って昇仙すると云い、あるいは一度死んだのちに生まれ変わって昇仙すると云う。いずれにしても尋常の(エルデム)ではない。では、林孟辰が繰りだす「()()()」とはどういったものか、それはまもなく判ること。




 翌日の早暁、北軍の最前列に(トイ)()いていたドクトたちは、敵軍(ブルガ)のうちに異様な兵団が(うごめ)いていることに気づいて、(ニドゥ)(みは)った。


「な、何だ、ありゃ!?」


「歩兵? いや(ブルウ)、あれはまことに人なのか?」


 将も兵も口々に騒ぎたてる。その視線の先、南軍の先陣にあったのは、百体(ヂャウン)ほどの何とも奇妙な一団。


 ゆったりとした黒い長袍(ハラ・デール)(テリウ)から(かぶ)り、(すそ)を引き摺りながら、のそりのそりと進んでくる。何より背が高い。少なくとも九尺(注1)は下らない。胴回りも太く、常人の倍ほどもあろうか。右手には(ヂダ)、左手には(ウルドゥ)を持ち、それらをみな前に突きだして刃先を並べている。一歩進むごとに、大きな頭をふらふらと揺らす。


 顔も黒布ですっかり覆われているため、どこを見ているかも判らない。じっと無言で、気勢を上げるでもない。その様子からは、人としての情念(ドウラ)意思(セトゲル)がまるで感じられない。北軍の将兵が人外と疑ったのも無理からぬこと。


 ともかく早馬(グユクチ)を立てて、本営(ゴル)に報せる。ヒィ・チノは早速ナユテを召して言った。


「また敵人(ダイスンクン)がおかしなことを始めたようだぞ」


 仔細を聞いたナユテは、


「黒い巨人(アヴラガ)か……。ともかく一度(ガル)を合わせてみないことには」


「ならば癲叫子と雷霆子(アヤンガ)に迎撃させよう。どんな奸計があるやもしれぬ。ほかの軍勢は四囲を警戒して隙を見せぬよう伝えよ」


 方々に伝令が飛ぶと、ナユテが拱手して言うには、


「私も実地にそれを見てこようと思う。盤天竜と白夜叉を借りるぞ」


「もちろんかまわぬ。行け(ヤブ)!」


 たちまち騎乗して前線に駆けつける。望見すれば、なるほど不気味な巨人の群れがじりじりと接近(カルク)してくる。


「うひぃ、悪魔(シュルム)だ!」


 思わず叫んだのは、ミヒチに(したが)ってきたゾンゲル。


「うるさい! 迂闊なことを言うんじゃないよ」


 すかさずミヒチに叱られて首を(すく)める。それにはかまわずさらに見遣(みや)れば、百歩ほど後方から、亜喪神ムカリの騎兵が殺気を(みなぎ)らせながらついてきている。


「こちらが怯んだら、すかさず亜喪神が突撃してくるってわけだね」


 ミヒチが言えば、


「ふふん」


 ナユテは(ハマル)で笑ったきり。ハレルヤは黙然として敵軍を睨んでいる。


 そうするうちにも、前軍(アルギンチ)よりドクトとオノチが千騎(ミンガン)ほどを率いて飛びだす。駆けながら弓に矢を(つが)え、狙いを定める。


「放て!」


 オノチの(カラ)に応じて、無数の矢が次々と宙を飛ぶ。ところが巨人たちは避ける風もなく佇立している。当然、矢はことごとくその巨体に突き立った(カドゥグタダアス)


「何だ、呆気ない」


 ドクトがせせら笑ったそのときである。


「うおぉぉぉん!!」


 (にわ)かに巨人たちが唸り声を挙げた。ドクトたちはおおいに驚いて手綱(デロア)を引く。何ごとかと警戒していると、巨人たちは刺さった矢をそのままに再びゆっくりと前進しはじめた。倒れるものも遅れるものもなく、何ら痛痒を感じていない様子。


「何だとっ!?」


 ドクトらはあわてて、さらに二の矢、三の矢を叩きこむ。いずれも命中(オノフ)したが、もはや巨人は立ち止まることすらない。ときおり(はら)の底からわんわんと響くような唸り声を挙げながら、着実に寄せてくる。


「あれは人じゃない、冥府(バルドゥ)の住人だ!」


 北軍の兵衆は震え上がって、次第に後退する。ドクトはひとつ舌打ちすると、


「矢が効かないっていうなら、こいつはどうだ!!」


 奮然として馬腹を蹴った。手には三叉矛を高々と(ホライタラ)掲げる。


「あっ!! ドクト様、おやめください!!」


 麾下の部将が瞠目して叫んだが、聞く(チフ)とて持たない。怖れる色もなく、猛然と巨人の一人に向かっていく。それを見たオノチも、これを輔けるべくあとを追った。


「さあさあ、悪魔どもめ。このドクト様と死闘せん(ウクルドゥイエー)!!」


「うおぉぉぉん!!」


「ははっ。やはり図体(ビイ)はでかいが、(のろ)い!!」


 叫ぶや否や、巨人が得物を掲げる隙も与えず三叉矛を繰りだし、その右腕を貫いた。そのままぐるりと捻れば、肘の上からちぎれ飛ぶ。


「うおぉぉぉん!!」


「何だ? 見かけは恐ろしいが、てんで弱いぞ」


 ドクトはおおいに気を好くしてさらに刺突を加えんとしたが、突如不穏な気配を感じて、はっと身を引いた。追いついてきたオノチが異状を察して、


「どうした?」


 問えば答えて、


「判らん! 判らんが(あや)うい予感(ヂョン)がした」


 そこで二人は十歩ほど間を取って、先に右腕を失った巨人を顧みた。と、


「お、おお、そんなまさか……!」


 ドクトは驚愕のあまり目をいっぱいに見開く。一方のオノチも、やや青ざめた(ヌル)(フムスグ)(ひそ)めて言うには、


「……信じられぬ。腕が、腕が()えてきたぞ」

(注1)【九尺】一尺は約23.5cm。すなわち九尺は、約211.5cm。

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