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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
75/783

第一 九回 ③ <サルチン登場>

ヒスワ策を定めて四方に上卿を(つか)わし

コルブ弓を(くら)べて草原に奸人を見る

 さて、退庁したヒスワは、その足で一人の男を訪ねた。その名はヘカト。覚えている方もあるだろうか。かつてコヤンサンと争った商人(サルタクチン)である。


 さらにそこにはもう一人の(ヂョチ)があって、その人となりはといえば、


 身の丈七尺半、しなやかな痩身に長い四肢、所作は(オキン)のごとく優美、飄々超然、(アルガ)を内に隠すも(ニドゥ)には異能の光、知恵の湧くこと(ブラグ)のごとく、上は天文地理から下は通商兵事まで通ぜぬところなしという傑物(クルゥド)。名をサルチンという。


 ヒスワは二人に(くだん)の計略をことごとく語り終える。すると、


「……またたいそうなことを考えたものだ」


 サルチンが唸りながら言う。さらに尋ねて、


「それで、我々にそれを伝えたのは何かわけがあるのか」


 ヒスワが答えて言うには、


「もちろん。是非とも貴君らの(ガル)を借りたいのだ。大院(クルイエ)に在るのは阿呆(アルビン)ばかり、(たの)みになるものは皆無だ。上卿(クシュチ)といえどもまるで頼りない。俺がウリャンハタを籠絡するには、奴らでは役に立たぬ」


「ううむ」


「ウリャンハタ、ウリャンハタねぇ」


 二人とも思案に暮れる様子で黙り込む。特にヘカトは(フムスグ)(しか)めて内心の不満を(あらわ)にしている。


(カリラ)は十分にする。ともに西原へ来てくれ」


「ううむ」


「ウリャンハタ、ウリャンハタねぇ!」


 サルチンはそう繰り返すと、手をひらひらさせながら言った。


「礼が十分か、とかじゃないんだな。金については俺もヘカトも不自由しないわけだし、クルイエでの権勢にも興味がない。あくまでその計略にどのくらい成算があるかってことさ。ウリャンハタをどうこうしたとして、そのおかげでジョルチの大半とマシゲルを(ブルガ)に回すってわけだ。君の計略はよくできているが、いかんせん博奕だね。よく元首(ドルチ)がその気になったものだ」


 ヒスワは色を成して言い返す。


「計略を博奕にしないためにもウリャンハタ籠絡は必須なのだ。ミクケル・カンさえ動けば計は成る。さすれば規律(ヂャルチムタイ)ある草原(ミノウル)に戻り、通商だってやりやすくなるだろう」


「ううむ」


「おもしろそうではあるんだがな、どうも不安だな」


 渋る二人にヒスワはさらに説いて、


「俺としては二人が協力してくれれば憂えることはないのだ」


「ううむ」


「ミクケル・カンってのは話が解る男だったかな? 怒りだすと歯止めが()かないという噂だが。そんな奴をそこまで(たの)みにしていいものかな」


「ううむ」


 実はヘカトは先ほどから唸ってばかりである。とはいえ彼は常からそうで、口数少なく聞き役に回ることが多い。ヒスワもサルチンも心得たもので、あえてこれに発言を(うなが)すようなことはほとんどない。放っておいても話すべきことがあれば話すからである。


 ヒスワは業を煮やして、


「とにかく協力してもらう。今の俺にとっては、貴君らを葬ることなど掌を返すように容易(たやす)いことなのだぞ」


 そう詰め寄ってくる。二人はたちまち顔色を変えたが、諦めてともに西原へ行くことを約した。




 翌日、三人はあわただしく発った。数人の従者(コトチン)を連れただけである。目指すはウリャンハタ部の庇護下にあるシータ(ダライ)沿岸の小さな(バリク)イシ。


 彼らは商人であるからイシの知事(ダルガチ)にも顔が()く。その知事を介してミクケル・カンに(まみ)えようというもの。


 道中は野盗(ヂェテ)に襲われることもなく、飽けば喰らい、渇けば飲み、夜休み、朝発つお決まりの行程。さて出立して五日目のことである。ふと目をやれば二人の草原(ケエル)の武将が何やら熱心に話し込んでいる。


 かたや身の丈七尺少々、赤銅色の(ヌル)に漆黒の瞳、太い眉、厚い(オロウル)、樽のごとき胴に短い四肢、手には二人張りの強弓、()るは青毛(ハラ)(注1)の(アクタ)という豪傑(バアトル)


 かたややはり身の丈は七尺少々、広い(マグナイ)に大きな(ハマル)、面は赤く歯は(しろ)く、身のこなしは優雅、手には小弓、騎るは葦毛(ボル)(注2)の馬という好漢(エレ)


 何となく眺めていると、やがて青毛の豪傑が強弓をぎりぎりと引き絞り、彼方に向かって矢を放った。と、葦毛の好漢がからからと笑う。そして小弓を構えたかと思えばすぐさまひょうと放つ。


 しばらく見物していたサルチンが興味を惹かれて(ダウン)をかけた。


「やあ、何をしているのか」


 その声に二人は初めて彼らを見る。


「なあに、弓(くら)べをしているのさ」


 陽気に答えたのは葦毛の好漢。


「弓競べというと?」


 問えば、傍ら(デルゲ)の青毛の豪傑を指して、


「こいつが弓は強弓に限ると言い張るので、私が馬上にあって有用なのは小弓だと言ったところ、それでは(バイ)を立てて勝負してみようということになったのだ」


 改めて彼方を見れば、確かにぽつんと的が立っている。


「で、どちらが勝ったのか」


「どちらも何も勝負にならんさ」


 葦毛が言うのを聞いて、青毛がぐいと進み出た。


「もう一度、もう一度だ。これまでは偶々(たまたま)、今度は兄貴(アカ)が先にやってくれ」

(注1)【青毛(ハラ)】あおげ。馬の毛色のひとつ。黒色の馬を指す。


(注2)【葦毛(ボル)】あしげ。馬の毛色のひとつ。灰色、もしくは白色の馬を指す。

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