第一八七回 ②
ナユテ鮮やかに予言して神箭将大いに喜び
ドクト巧みに弾奏して白夜叉妖しく舞う
ナユテたちが訪ねると、ヒィ・チノは親しくこれを出迎えて、
「おお、神道子! 君の言うとおりだったな。こちらからしかけても道士は現れず、風も吹かなかった」
嬉しそうに語りかければ、答えて言うには、
「然り。妖術の内実はすでに見極めた。あとはその偽りを白日の下に晒すばかり」
「おう、それでこそ蒙昧な兵衆の怖れを払うことができよう。だが、いかな神道子といえども、ひとたび風が吹きはじめたらどうすることもできまい」
と、ゾンゲルが堪らず声を挙げて、
「それが、この先生はできるとおっしゃるんですぜ!!」
「病大牛!! お前は黙ってな!」
「はい、姐さん……」
たちまちミヒチに咎められて、身を縮める。ヒィはそれにはかまわず、やや疑わしげに言った。
「君がいたずらに壮語せぬことは承知しているが、それはいくら何でも……」
「あっはっは。君も知らぬうちに道士の毒に冒されていると見える。よいか、この世に真の魔術などない。よって術を破るのも、術をもって為すにあらず。ただ道理をもってするのだ」
ふとヒィは思い出して、
「君は白夜叉に言ったそうだな。明日か明後日に、『おもしろいものを見せる』と。それはその道理とやらに関わっているのか」
ナユテは膝を打って、
「然り! 昨日はまだ曖昧なことしか言えなかったが、今や日は確定した。明後日に、かの術を破る」
「ふうむ。明日ではいけないのだな」
何げなく聞いたところ、即座に答えて何と言ったかと云えば、
「いけないな。それどころか、明日はこれまで以上に暴風が吹き荒れる。かの道士は雀躍して陣頭に立つだろう。敵の大攻勢があるものと心しておけ」
これにはみなおおいに愕いて、思わず腰を浮かす。
「うひぃ! 先生は何てことをおっしゃるんだ!」
「あわてるな。攻撃されたとて、予期していれば何ら心配は要らぬはず。それより肝要なのは明後日のこと。みな、耳を貸せ」
身を乗りだせば、一同は応じて鳩首(注1)する。そこでナユテはあることを囁いたのであるが、何と言ったかはいずれ判ることゆえ、今は述べない。
翌日。神道子の予言は中たらざることなく、朝から猛烈な風が吹きつける。敵人の矢は必ずや威力倍増、対する味方のそれは狙いを定めることすら難かろうという有様。
しかしヒィ・チノはすでに命を下して、すっかり迎撃の手はずを整えていた。緊張する将兵をよそにナユテは泰然自若、笑みすら浮かべてヒィ・チノに言うには、
「な、言ったとおりの強風だろ」
「まったく神知と言うべきだ。もとより俺は神道子を信じているが、この分なら、明日には術を破ると言うのもたしかに頷けようというもの」
やや退いて控えていたミヒチが口を挟んで言うには、
「だけどこれで道術とやらが偽りであることは、はっきりしましたね」
「と言うと?」
「だってそうじゃありませんか。術によって自在に風を起こせるとしたら、前日から神道子が予測するなんてできるわけないでしょう」
ナユテは大きく頷いて、
「みなが白夜叉のごとく賢明であったなら、事は容易なのだがな」
「違いない。さあ、それより眼前の戦だ。見よ、件の道士を乗せた車が進出してきた。……来るぞ!」
ヒィ・チノがそう言った瞬間、敵陣から一斉に金鼓が轟く。どっと喊声が挙がって、各隊が勢いよく飛び出してくる。待ちかまえていた北軍も、遅れじとばかりに金鼓を鳴らして馬腹を蹴った。飛矢は驟雨のごとくテンゲリを覆い、馬蹄は地震のごとくエトゥゲンを揺るがす。
ついに方々で干戈が交わり金光閃爍、激しく闘い合って、まさに竜の頭角は崢嶸(注2)、虎の爪牙は獰悪といったところ。たちまち屍山血海を成して、雄心なきものは三魂を喪い、七魄を摧かれる。
およそ南北両軍がツァビタル高原に対峙してから、これほど苛烈な戦闘が行われたのは初めてのこと。しかし漸く攻勢は殺がれ、南軍は得るところなく撤退した。黄金の僚友たちの才幹と奮戦の賜物であることは無論だが、何より事前にナユテが侵攻を予知していたおかげであった。
ヒィ・チノは兵を収めると、諸将をおおいに労った。殊にナユテを激賞して、
「みなのもの、よく聴け。今日の勝利は、この神道子の神知があればこそぞ」
また続けて、
「神道子から申し伝えることがある。陣に返ったら、そのとおりに将兵に伝えよ」
促されたナユテが進み出て言うには、
「明日もまた昼過ぎより風が起こり、敵は攻め寄せる。しかし案ずるなかれ。すでに敵の力量はわかった。二刻を経ずして、かの妖風を鎮めてご覧に入れようぞ」
諸将の多くは目を円くする。もっとももとより道術など信じていないゴロ・セチェンなどは、さては神道子が何か画策しているのだと鋭く察して、すました顔で黙っている。一方で心性の素直な超世傑ムジカは喜色満面、
「おお、さすがは神道子!! あの面倒な風さえなければ、何も恐れることはない!」
一同はわっと歓声を挙げて解散する。事の次第を伝え聞いた兵衆の士気はおおいに高まり、誰もが腕を撫して来るべき決戦に備えた。
(注1)【鳩首】人々が集まって額を突きあわせて相談すること。
(注2)【崢嶸】高く険しいさま。




