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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
746/785

第一八七回 ②

ナユテ鮮やかに予言して神箭将大いに喜び

ドクト巧みに弾奏して白夜叉妖しく舞う

 ナユテたちが訪ねると、ヒィ・チノは親しくこれを出迎えて、


「おお、神道子! 君の言うとおりだったな。こちらからしかけても道士は現れず、(サルヒ)も吹かなかった」


 嬉しそうに語りかければ、答えて言うには、


然り(ヂェー)妖術(エルベス)内実(アブリ)はすでに見極めた。あとはその偽り(クダル)を白日の下に(さら)すばかり」


「おう、それでこそ蒙昧(ハラング)な兵衆の怖れを払うことができよう。だが、いかな神道子といえども、ひとたび風が吹きはじめたらどうすることもできまい」


 と、ゾンゲルが(たま)らず(ダウン)を挙げて、


「それが、この先生はできるとおっしゃるんですぜ!!」


「病大牛!! お前は黙ってな!」


はい(ヂェー)、姐さん……」


 たちまちミヒチに(とが)められて、身を縮める。ヒィはそれにはかまわず、やや疑わしげに言った。


「君がいたずらに壮語せぬことは承知しているが、それはいくら何でも……」


「あっはっは。君も知らぬうちに道士の毒に冒されていると見える。よいか、この(イュル)(トゥンツ)(ウネン)の魔術などない。よって術を破るのも、()()()()()()()()()()()。ただ道理(ヨス)をもってするのだ」


 ふとヒィは思い出して、


「君は白夜叉に言ったそうだな。明日か明後日に、『おもしろい(ソニルホルトイ)ものを見せる』と。それはその道理とやらに関わっているのか」


 ナユテは膝を打って、


然り(ヂェー)! 昨日はまだ曖昧(ブゲエン)なことしか言えなかったが、今や(ウドゥル)は確定した。明後日に、かの術を破る」


「ふうむ。明日ではいけないのだな」


 何げなく聞いたところ、即座に答えて何と言ったかと云えば、


「いけないな。それどころか、明日はこれまで以上に暴風(ハラ・サルヒ)が吹き荒れる。かの道士は雀躍して陣頭に立つだろう。(ブルガ)の大攻勢があるものと心しておけ」


 これにはみなおおいに(おどろ)いて、思わず腰を浮かす。


「うひぃ! 先生は何てことをおっしゃるんだ!」


「あわてるな。攻撃されたとて、予期(ヂョン)していれば何ら心配は要らぬはず。それより肝要なのは明後日のこと。みな、(チフ)を貸せ」


 身を乗りだせば、一同は応じて鳩首(注1)する。そこでナユテはあることを(ささや)いたのであるが、何と言ったかはいずれ判ることゆえ、今は述べない。




 翌日。神道子の予言は()たらざることなく、朝から猛烈な風が吹きつける。敵人(ダイスンクン)の矢は必ずや威力倍増、対する味方(イル)のそれは狙いを定めることすら(かた)かろうという有様。


 しかしヒィ・チノはすでに(カラ)を下して、すっかり迎撃の手はずを整えていた。緊張する将兵をよそにナユテは泰然自若、笑みすら浮かべてヒィ・チノに言うには、


「な、言ったとおりの強風だろ」


「まったく神知と言うべきだ。もとより俺は神道子を信じているが、この分なら、明日には術を破ると言うのもたしかに頷けようというもの」


 やや退いて控えていたミヒチが(アマン)を挟んで言うには、


「だけどこれで道術とやらが偽りであることは、はっきりしましたね」


「と言うと?」


「だってそうじゃありませんか。術によって自在(ダルカラン)に風を起こせるとしたら、前日から神道子が予測するなんてできるわけないでしょう」


 ナユテは大きく頷いて、


「みなが白夜叉のごとく賢明(ボクダ)であったなら、事は容易(アマルハン)なのだがな」


「違いない。さあ、それより眼前の(ソオル)だ。見よ、(くだん)の道士を乗せた(テルゲン)が進出してきた。……来るぞ!」


 ヒィ・チノがそう言った瞬間、敵陣から一斉に金鼓が轟く。どっと喊声が挙がって、各隊が勢いよく飛び出してくる。待ちかまえていた北軍も、遅れじとばかりに金鼓を鳴らして馬腹を蹴った。飛矢は驟雨(クラ)のごとくテンゲリを覆い、馬蹄(トゥル)は地震のごとくエトゥゲンを揺るがす。


 ついに方々で干戈が交わり金光閃爍(せんしゃく)、激しく闘い(カドク)合って(ルドゥクイ)、まさに竜の頭角は崢嶸(そうこう)(注2)、(カブラン)の爪牙は獰悪(どうあく)といったところ。たちまち屍山血海を成して、雄心(ヂルケ)なきものは三魂を(うしな)い、七魄(しちはく)(くだ)かれる。


 およそ南北両軍がツァビタル高原に対峙してから、これほど苛烈な戦闘(カドクルドゥアン)が行われたのは初めてのこと。しかし(ようや)く攻勢は()がれ、南軍は得るところなく撤退した。黄金の僚友(アルタン・ネケル)たちの才幹(アルガ)と奮戦の賜物(アブリガ)であることは無論だが、何より事前にナユテが侵攻を予知していたおかげであった。


 ヒィ・チノは兵を収めると、諸将をおおいに(ねぎら)った。(こと)にナユテを激賞して、


「みなのもの、よく聴け。今日の勝利は、この神道子の神知があればこそぞ」


 また続けて、


「神道子から申し伝えることがある。(トイ)に返ったら、そのとおりに将兵に伝えよ」


 (うなが)されたナユテが進み出て言うには、


「明日もまた昼過ぎより風が起こり、敵は攻め寄せる。しかし案ずるなかれ。すでに敵の力量(クチ)はわかった。二刻を経ずして、かの妖風を鎮めてご覧に入れようぞ」


 諸将の多くは(ニドゥ)を円くする。もっとももとより道術など信じていないゴロ・セチェンなどは、さては神道子が何か画策しているのだと鋭く察して、すました顔で黙っている。一方で心性(チナル)素直(ツェゲン・セトゲル)な超世傑ムジカは喜色満面、


「おお、さすがは神道子!! あの面倒(ヤルシグタイ)な風さえなければ、何も恐れることはない!」


 一同はわっと歓声を挙げて解散する。事の次第を伝え聞いた兵衆の士気はおおいに高まり、誰もが腕を撫して(きた)るべき決戦に備えた。

(注1)【鳩首】人々が集まって額を突きあわせて相談すること。


(注2)【崢嶸(そうこう)】高く険しいさま。

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