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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
745/785

第一八七回 ①

ナユテ鮮やかに予言して神箭将大いに喜び

ドクト巧みに弾奏して白夜叉妖しく舞う

 さて、「万人長(トゥメン)の中の万人長」として北軍の先鋒(アルギンチ)(ひき)いる神箭将(メルゲン)ヒィ・チノは、緒戦に亜喪神ムカリの突貫を受けるも、盤天竜ハレルヤの人智を超えた活躍によってこれを退けた。さらに飛天道君トウトウの奇襲も蓋天才ゴロが予見(ヂョン)していたために難なく追い払う。


 こうして戦闘(カドクルドゥアン)については(あや)うい場面とてなかったが、僅かに憂うべきは梁軍の怪しげな道士が吹かせたかに見える強風(ハラ・サルヒ)無智(ハラング)な兵衆のうちに、これを怖れて(すく)むものがあったからである。


 それどころか黄金の僚友(アルタン・ネケル)においてすら、病大牛ゾンゲルのごとく、これを半ば疑い、半ば信じるものが現れる。ヒィ・チノが諸将に(はか)ったところ、白夜叉ミヒチが、


(モリ)のことは馬飼い(アドゥウチン)に訊け」


 そう進言したことに(したが)って、急ぎ神道子ナユテを呼び寄せた。本営(ゴル)にて事の次第を聞いたナユテは、


「十中八九、詐術だな」


 即座に断じてヒィ・チノを喜ばせる。ただし兵衆の蒙を(ひら)くには策を講じるべきとて、二、三日の猶予を得る。築かせた(やぐら)(のぼ)って、しばらくテンゲリを観察していたが、やがてミヒチの問いに答えて、


「おおよそのことは解った」


 さらに言うには、


「ふたつほど予言しておく。まず、明日の昼過ぎまで(サルヒ)は吹かない。そして明後日、あるいは遅くともその翌日、おもしろい(ソニルホルトイ)ものを見せられると思う」


 ミヒチがこの言葉(ウゲ)をヒィ・チノに伝えたところ、おおいに喜んで、


「神道子の予言は()たらぬことがない。よろしい(サイン)、明朝兵を進めてみよう」


 ナユテは(ナラン)が落ちたあとも櫓上にあって、深更まで満天の(オド)を観測していたが、くどくどしい話は抜きにする。




 明けて翌日。風はない。ヒィ・チノは(カラ)を下して、小金剛モゲトを先駆け(ウトゥラヂュ)として攻勢をかける。癲叫子ドクト、雷霆子(アヤンガ)オノチが続き、右翼(バラウン・ガル)からは皁矮虎(そうわいこ)マクベンと笑小鬼アルチンが飛びだす。


 無論、左翼(ヂェウン・ガル)も黙っていない。ベルダイの誇る双璧、すなわち隼将軍(ナチン)カトラと(えん)将軍タミチが喊声とともに突出する。


 中軍(イェケ・ゴル)もまたじわりと押しだす。ヒィ・チノは泰然として敵陣を望みながら、傍ら(デルゲ)のナユテに言うには、


「なるほど、(ブルガ)の動きは鈍いな。梁軍に至っては(トグ)すら見えぬ」


 ナユテはにやりと笑って、


「おそらく出てくることはあるまい。たとえ出てきたところで、風を吹かせることはできぬのだから」


「信じてよいのだな」


「もちろん。夕刻(ヂルダ)近くなって僅かに吹くが、長くは続かない」


 ヒィ・チノはふと尋ねて、


「その道士は、今まさに四頭豹に風を請われたら何とするのだろう?」


 これを聞いたナユテはからからと笑うと、


容易(たやす)いこと! 『まだ法力が恢復しておりませぬ』などと偽言(クダル)を並べて逃げるのさ」


「俺は巫者(ボエー)のそういうところが嫌いなのだ」


 とて眉間に皺を寄せる。それはそれとして、北軍は散々に矢を放って盛んに挑発したが、南軍は守るばかりでまったく動かない。あのムカリですら、兵を(まと)めてひたすら(こら)えている。


 もとより北軍とて敵情を測るべく試みに兵を出したまでのこと。半刻も経たぬうちに撤退の銅鑼が鳴って、一斉に退く。追ってくるものもなく、もとのとおり(デム)()いて睨み合う。


 ナユテは戻るや否や、再び櫓に上ってテンゲリを仰ぐ。やはり下にはミヒチとゾンゲルがあって、固唾(かたず)を呑んで見上げている。予想したとおり夕刻にやや強い風が吹きはじめたが、一刻もせずして()んだ。陽が沈むと櫓を下りて、しばし黙考する。そのうちにひとつ頷くと、ゾンゲルに言うには、


「病大牛、お前は人が風を(オロ)のままに操れるとしたら怖ろしいか」


「はあ。もしそんなことがあるなら、そりゃ怖ろしいでしょうよ。だってそれは畏れ多くも()()()()()()()()ってことですぜ」


 それを聞いて、ミヒチは密かに(フムスグ)(ひそ)める。しかしナユテは、


「はっはっは。まったく正直(ツェゲン・セトゲル)な奴だ。だがな、病大牛よ。人はテンゲリを操ることはできぬ。たとえそう見えても、果たして虚飾に過ぎぬ」


 ゾンゲルは不満げに言い返して、


「そうは言いますが、実際強風は吹きつけてますからね。ありゃあ幻でも気のせいでも何でもありませんぜ」


 ナユテは気を損ねた様子もなく、莞爾として言うには、


そうだな(ヂェー)、よろしい。では、これならどうだろう。私とてもちろんテンゲリを操ることはできぬが、人がテンゲリを(いつわ)って行う術については、必ずこれを破ることができる。敵が風を吹かせるなら、私がそれを止めてやろう」


「うひぃ! さすがは神道子!! それは(ウネン)ですかい!?」


「私を誰だと思っている。敵人(ダイスンクン)がどんなに妖しげな(エルベス)を用いても、たちどころに破ることができるならば、何も怖ろしいことはないだろう?」


「そりゃあもう! こんな心強いことはないでさぁ!!」


 ゾンゲルは鼻息を荒くして昂奮する。ナユテは呵々と笑うと、


「よろしい。これよりハンの(もと)に参って策を進言する。ついてこい」


はい(ヂェー)、先生!」


 嬉々として(したが)うゾンゲルを見て、ミヒチは呆れた様子で(ムル)を竦める。

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