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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
744/785

第一八六回 ④

ハレルヤ人外の勇を(ふる)いて亜喪神を退け

ヒィ・チノ妖風の害を憂えて神道子を招く

 ナユテが本営(ゴル)を訪れると、ヒィ・チノは満面の笑みでこれを迎える。余人を交えず対座して事の次第を告げれば、即座に答えて何と言ったかと云えば、


「十中八九、詐術だな」


 ヒィ・チノは我が意を得たりとばかりに(ガル)()って、


「やはりそうか!」


然り(ヂェー)。それらしく見せてはいるが、何のことはない。(サルヒ)が吹かんとすれば出て、()まんとすれば退いているに違いない」


 涼しい(ヌル)でさらりと言ってのける。ヒィは身を乗りだして言うには、


「まことにそれだけのことなのだな」


 ひとつ頷いて、


幼子(チャガ)(だま)す奇術の類に過ぎないが、見せかたがうまいのだろう。しかしそもそも奇術とはそういうもの。人はひとたび(ニドゥ)を欺かれれば、どんなにありえないことでも信じるからな。すなわち目とともに(セトゲル)も欺かれるというわけさ」


 これを聞いたヒィは、僅かに(フムスグ)を曇らせて、


「欺かれたままでは困る。虚妄に(おび)えるものが()じっていては、ここぞというときに軍を(あや)うくするやもしれぬ」


敵人(ダイスンクン)の詐謀を(くつがえ)して将兵の目を覚まさせるには、相応の演出が必要(ヘレグテイ)だ。ただ道理(ヨス)を説いても、かえって疑いを深めることになる」


「演出とは、どのような?」


 ナユテはくすりと笑うと、


「二、三日、(チャク)を貰いたい。(くだん)の道士やら風の状況やらを観察して、話はそれからだ」


好し(サイン)、『(モリ)のことは馬飼い(アドゥウチン)』だ。この件は神道子に(まか)せた。要るものがあれば、すぐに言え。何でも君の言うとおりにするだろう」


承知した(ヂェー)。ではまず白夜叉と病大牛を貸してもらいたい」


 ヒィは首を(かし)げて、


「白夜叉はともかくとして、病大牛は下々の(カラチ)もの(ュス)同様、かの道術を怖れているようであったが」


「だから良いのだ。あの正直(ツェゲン・セトゲル)好漢(エレ)の蒙を(ひら)くことができれば、それで()しというわけだ。いろいろと訊けば、きっと役に立つだろう」


「なるほど。セチェン(知恵者)の言葉(ウゲ)だ」


 ヒィ・チノはおおいに喜んで、早速二人をナユテの下に配した。




 ナユテはまずゾンゲルに命じて屈強(クチュトゥ)の兵を十人(アルバン)ばかり集めると、その(ウドゥル)のうちに高さ一丈半(注1)ほどの(やぐら)を作らせた。できあがるや、独り梯子を(のぼ)って、あちこち視線を(めぐ)らす。またテンゲリを仰いで、(エウレン)の動きや日輪(ナラン)の周辺をじっと眺める。


 ミヒチはゾンゲルと並んで下で待っていたが、ナユテは一向に降りてこない。次第にむずむずして居ても立ってもいられず、さっと両手で梯子を(つか)んだ。傍ら(デルゲ)のゾンゲルが跳び上がって、


「うひぃ! 何をしようとしてるんで!?」


 ミヒチは目もくれずに言うには、


「うるさいねえ。ちと様子を見てくるのさ。お前は重いんだからついてこなくていいよ」


 ますますあわてて、


「や、や、や、お待ちください! そんな、危ないですぜ!」


「うるさい! 大きな(ダウン)出すんじゃないよ。驚いて踏み外したらどうすんだい。黙って待ってな!」


 強く言えば、ゾンゲルは、


「……はい(ヂェー)、姐さん」


 縮こまってそう答えるほかない。ミヒチはさすがに哀れ(ホールヒー)に思ったか、


「心配要らないよ。例の鴉楼(あろう)(注2)のほうが高かったからね」


 言い残すと、もはやこれを顧みずするすると上っていく。櫓の上に達すると言うには、


「……何か判ったかい?」


 一応は遠慮がちに声をかければ、おもむろに振り返って言うには、


「ああ、白夜叉か。……そうだな、おおよそのことは解ったと思う」


「さすが神道子! それで……」


 ナユテはそれを片手で制すると、


「あわてるな。私の見たところが正しいか、しかと確かめなければ」


「はあ……」


「そこで、ふたつほど予言(ヂョン)しておく。まず、明日の昼過ぎまで風は吹かない」


「ということは、(ブルガ)の攻撃も……」


「ない。ハンに伝えて、明朝試みに攻めかけさせよ。そうしても風は吹かず、敵は守禦(しゅぎょ)に徹するだろう」


 ミヒチは黙って頷く。ナユテがまた言うには、


「そして明後日、あるいは遅くともその翌日には、おもしろい(ソニルホルトイ)ものを見せられると思う」


「おもしろいもの?」


然り(ヂェー)。かの道士の偽り(クダル)をきっと(あば)いてやろう」


「へえ、そいつは楽しみだけど、いったいどうやって?」


 ミヒチの問いにナユテは悪戯っぽく笑っただけだったが、このことから神道子の名声はいよいよ高まり、尸解(しかい)道士の虚名は一瞬に(コセル)()ちる次第となる。俗に謂う、「医者(エムチ)の前で(エム)を語るな」とはまさにこのこと。


 一知半解の浅薄な知識をもって己を誇大に見せんとしたがために、(ウネン)の智恵の前にあえなく馬脚を現し、ついに末代まで(あざけ)られることになるのである。果たして、神道子はいかにして尸解道士の術を破るか。それは次回で。

(注1)【高さ一丈半】一丈は約2メートル35センチ。よって一丈半は約3.5メートル。


(注2)【例の鴉楼】神都(カムトタオ)包囲の際、投入された攻城兵器。その高さは約二丈。第一五九回①参照。ミヒチはかつて敵情を偵察するため、鴉楼に上ったことがある。第一六〇回④参照。

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