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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
741/785

第一八六回 ①

ハレルヤ人外の勇を(ふる)いて亜喪神を退け

ヒィ・チノ妖風の害を憂えて神道子を招く

 さて、各処で南軍を破って意気揚がる北軍は、クフ平原にて約会(ボルヂャル)を果たした。総勢、十三万数千騎。(ウリダ)に逃れた四頭豹たちを(もと)めれば、ツァビタル高原に参集していることが判った。


 そこで超世傑ムジカと獅子(アルスラン)ギィを先鋒(アルギンチ)として送りだす。さらに神箭将(メルゲン)ヒィ・チノが続く。この三人(ゴルバン)のハンこそ、「チェウゲン・チラウンの盟」を結んだ草原(ミノウル)に冠たる英傑(クルゥド)たち。


 ツァビタル高原を望んだところで、ヒィ・チノは余の二人に策戦について(はか)った。ムジカはこれに答えて、かまわず命令(カラ)を下すよう(うなが)す。言うには、


「ハーンの言葉(ウゲ)を忘れたか。君は『万人長の中の万人長』ではないか。我らが従うのは当然のこと」


 ギィも同意したので、ヒィ・チノは思うところを告げた。すなわち、


「直ちに兵を発して前段の中央(オルゴル)付近まで進出する」


 みなおおいに喜ぶ。三翼の軍勢はゆっくりと歩を進めて敵軍(ブルガ)に正対した。その中核(ヂュルケン)は、ヒィ・チノの第二翼。右翼(バラウン・ガル)にはムジカの第三翼、左翼(ヂェウン・ガル)にはギィの第七翼が(つら)なる。


 対する南軍の陣営(トイ)からも、北軍が布陣した様子がよく見えた。四頭豹ドルベン・トルゲは傍ら(デルゲ)混血児(カラ・ウナス)ムライに言うには、


「……来たな。彼奴らが先陣(ウトゥラヂュ)とは、いささか面倒(ヤルシグタイ)ではある」


「今のところ兵力は互角。しかし……」


然り(ヂェー)。敵はまだ半数(ヂアリム)も至っていない」


「では、全軍うち揃う前に」


「しかけるべきだろうな。……亜喪神を呼べ!」


 先に聖医(ボグド・エムチ)アサンの神智の前に散々に撃ち破られた亜喪神ムカリは、与えられた兵の大半を失い、ほぼ身ひとつで逃れてきた。無事シャギチと再会はできたものの、懲罰は(まぬが)れまいとて自縛して四頭豹に(まみ)える。


 ところが案に相違して四頭豹はこれを叱責することなく、麾下の兵を分け与えて再び将とした。ムカリは感激して雪辱を誓った。三々五々逃れてきた敗兵を収めて、(ようや)く一万五千騎に達する。今や南軍の最前列にあって腕を()していた。


 四頭豹は、命に応じて参上したムカリに言うには、


「お前の猛勇(カタンギン)(たの)むときが来た。合図とともに突撃して、存分に暴れてこい。あとはこちらに策がある」


承知(ヂェー)!」


 前線に戻ったムカリは、引き絞った矢のごとく(クチ)を充満させてその瞬間を待つ。横溢(おういつ)する闘志は兵衆にも伝播(でんぱ)して、みるみる戦意(たかぶ)る。応じて右翼の三色道人ゴルバンはもちろん、左翼の吸血姫ハーミラ、チンラウト、果ては梁軍までもが殺気を(みなぎ)らせる。


 その梁軍を率いているのは、鬼頭児魏登雲ではない。ヴァルタラでは副将だった矮飛燕こと拓羅木公。ヴァルタラから撤退する途上、ギィに遭遇して敗れたことですっかり怖気づいた魏登雲は、ツァビタルに兵を送ることを躊躇(ためら)っていた。光都(ホアルン)に籠もって趨勢を窺うつもりだったが、四頭豹から参戦を促す早馬(グユクチ)頻々(ひんぴん)と至る。


 頭を抱えていたところに、尸解(しかい)道士の異名を持つ林孟辰が進み出て、


「我が道術をもって蛮族どもを退けてご覧に入れましょう」


 自信満々に言うので、半信半疑ながら兵を出すことにした。とはいえ、あれこれと言い繕って自らは光都(ホアルン)に残り、代わりに拓羅木公を送った次第。


 その林孟辰は、開戦も近いとて(ホロー)を組んで何やら呪文を唱えはじめる。と、何としたことか、ひゅうひゅうと追い風が巻き起こる。ただの偶然か、玄妙な道術のはたらきかは判らぬが、もとより臆病な梁兵も雄心(ヂルケ)を掻き立てられる。


 南軍のただならぬ気配は、もちろん北軍にも伝わる。ヒィ・チノはミヒチを顧みて言った。


(サルヒ)が出てきたな……。まもなく戦機は熟す」


 憂い顔で答えて言うには、


ええ(ヂェー)。きっと亜喪神が突貫してくるに違いありません」


「懸念は無用(ヘレググイ)。癲叫子と雷霆子(アヤンガ)(まか)せておけばよい」


「ですが……」


「ははは、そんな(ヌル)をするな。好し(サイン)! 左翼に伝令。盤天竜殿を借り受けよう」


 それを聞いた神行公(グユクチ)キセイがすぐに駆け去る。


「これでよかろう。緒戦に敵を破る必要(ヘレグテイ)はない。適当にあしらいつつ、ハーンの到着を待てばよいのだ」


「しかし四頭豹としては、その前に我らを撃ち破りたいはず。ただ無策に力戦に訴えるとは思えません」


 ヒィ・チノは嬉しそうに笑うと、


「やはりお前は賢い(ボクダ)な。だが、案ずるな。超世傑も獅子も天下の名将。俺がいちいち言わずとも、すでに変事への備えは万全(ブドゥン)のはず。まあ、観ていろ」


 こと(ソオル)に関しては天賦(オナガン)(アルガ)()つヒィ・チノが断言するからには、ミヒチがそれ以上言うことはない。


 と、ヒィ・チノの表情がさっと一変する。


「来る!」


 言うや否や、敵陣からどっと金鼓が鳴り響く。間髪入れずに喊声が湧き起こり、前軍が一斉に突撃してくる。さながら大地(エトゥゲン)そのものが俄かに滑りだしたかのよう。


「迎え撃て!」


 凛乎(りんこ)として命じれば、負けじと金鼓が轟く。癲叫子ドクト、雷霆子オノチ、一丈姐(オルトゥ・オキン)カノン、小金剛モゲトといった勇将たち率いる兵衆は、整然と戦列(ヂェルゲ)を保って前進しつつ、矢を(つが)える。十分に近づいたところで、


「斉射!」


 放たれた矢はたちまちテンゲリを覆って、敵軍に吸い込まれる。しかし「勇将(バアトル)の下に弱卒(アルビン)なし」とはよく謂ったもので、盛んに応射しながら突っ込んでくる。

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