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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
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第一八五回 ④

ムカリ盤天竜より(のが)れて衛天王に遭い

インジャ四頭豹を追いて堅石盟を派す

 サノウは、拱手して(カラ)を待つアステルノとシンに告げて言った。


「両将は速やか(クルドゥン)にダナ・ガヂャルへ向かえ。そこに(ブルガ)のオルドがある。キタド・ハーン(※ジャンクイのこと)および、梁公主を(とら)えよ!」


 この命に二人の驍将は俄然雄心(ヂルケ)を奮い起こされる。率いる兵は併せて七千騎。途中で分かれて、東南に馬首を向けた。アステルノのおもえらく、


「俺はかつて、やはり留守陣(アウルグ)敵人(ダイスンクン)妻妾(エメ)を擒えに行ったことがある(注1)。あのときは瓊朱雀(けいしゅじゃく)の令徳(注2)に接して、実に清々しい心地となったものだが、このたびはそうはいくまいな」


 彼らの成果については、のちに述べることにする。




 余の約十三万騎は予定の行路を着々と進んで、先鋒(アルギンチ)のムジカ、ギィの両翼は、ついにツァビタル高原を望む平原(タル・ノタグ)に達した。それぞれ陣営(トイ)を定めると、ムジカは笑小鬼アルチンに五百騎を与えて斥候(カラウルスン)を命じる。そしてあとを打虎娘タゴサに託して、碧水(フフ・)将軍オスオラルとともにギィの本営(ゴル)を訪ねた。


 第七翼の諸将がうち揃ってこれを迎える。そこには第四翼から移ってきた盤天竜ハレルヤの姿(カラア)もあった。互いに挨拶を交わすと、早速向後の策戦について(はか)る。まずムジカが言うには、


「我らは先陣を争っているわけではない。先遣隊としてツァビタルに地歩を築くことこそ任務(アルバ)と心得るべきだ」


 ギィが頷いて、


然り(ヂェー)。決して突出せず、よくよく互いに(いまし)めながら、後続のために陣地を確保すべし」


 ゴロもまた答えて、


「お二人はやはり天下の名将。高原にハーンや神箭将(メルゲン)殿の大軍を導き入れることができれば、勝利はより確かなものとなりましょう」


 さらにみなで諮って、まずは敵情をしっかりと探りつつ、ヒィ・チノの到着を待つこととした。


 三日を経ずしてヒィ・チノ率いる第二翼が現れる。その兵力は北軍において最大の三万騎だったが統率は完全(ブドゥン)、整然と陣を()く。ムジカとギィは大喜びで賛辞を惜しまない。ヒィ・チノはふふんと笑って、


「まだ戦う(アヤラクイ)前ではないか。ただ兵を連れてくるだけなら誰でもできる」


 そう(うそぶ)いたが、もちろん言うほど容易(アマルハン)なことではない。それはさておき、三人(ゴルバン)のハンは諸将を交えて軍議を開く。


 そのころには、アルチンによって敵の動静も明らかとなっていた。まず南軍の兵力は約五万騎。ツァビタル高原は先にキレカが述べたように二段を成している。四頭豹たちは前段の最奥にて、後段に続く傾斜を背に布陣しているとのこと。後段を上がった先の様子は判然としない。


 ゴロが言うには、


「五万という数は、予測(ヂョン)された敵の残存兵力に(おおむ)一致(アディル)します。仮に伏勢があったとしても数千……。(トゥメン)には至らないものかと」


 ヒィ・チノはそれを聞くと、ムジカたちに尋ねて、


「ならば前進して敵に相対しようと思うが、どうか?」


 するとムジカが答えて言うには、


「そもそも我ら三翼の指揮は君に預けるつもりだ。気を(つか)うことはない。大将として命を下せ」


 ギィも莞爾として同意する。ヒィ・チノは(ニドゥ)(みは)って、


「しかしそれは……」


 ムジカが呵々と笑って、


「ハーンの言葉(ウゲ)を忘れたか。君は『()()()()()()()()()』ではないか(注3)。我らが従うのは当然のこと。さあ、指示を出せ!」


「まことにかまわぬのだな。では『万人長の中の万人長』として命じよう。直ちに兵を発して前段の中央(オルゴル)付近まで進出する」


「おお……」


 積極果敢の策に一同はざわめく。白夜叉ミヒチが笑って、


「さすがですねえ。ただ我らナルモントのものはハンの戦法に慣れてますが、超世傑殿らにはもう少しハンの意図(オロ)をお伝えになるべきかと」


「ははは、超世傑と獅子(アルスラン)に詳解は不要(ヘレググイ)だろうが、まあよい。一挙に中央まで進むのは、ひとつには下りの傾斜を背にする不利を避けるため。またあとに続くハーンや衛天王が占める(コソル)を確保するため。そして敵人に近接(カルク)することで、奸計を弄する隙を与えぬためだ。聞けばどうということはないだろう」


 諸将はおおいに喜んで、たちまち命に服した。第七翼の迅矢鏃(じんしぞく)コルブ、隼将軍(ナチン)カトラ、(えん)将軍タミチの三将が先行し、諸軍連なって進軍する。途上で襲われぬよう改めて数多の斥候を放ったが、どうやら敵に動く気配はない。


 一隊、また一隊と前段の平地に達すると、静々と前進する。キレカの述べたとおり、大軍を展開するに充分な広さがある。どんどんと進んで、中央よりむしろやや先まで至って(ようや)(フル)を止める。ヒィ・チノの第二翼を挟んで、右翼(バラウン・ガル)にムジカの第三翼、左翼(ヂェウン・ガル)にギィの第七翼を配した。


 ヒィ・チノは満足げに頷いて、ミヒチに言うには、


「見ろ。ここまで来れば敵陣がよく見える」


 (トグ)から判じるに正面奥に四頭豹ドルベン、前列にはやはり亜喪神ムカリ。そして左手に三色道人ゴルバン、右手にチンラウトと紅百合社(ヂャウガス)。梁軍の旗もある。それを一望したミヒチは言った。


「ですねえ。でもそれは、向こうからもよく見えてるってことですよ」


「ははは、違いない」


 快活に笑って、さまざまに軍令を発する。まさにハーンの代理たる面目躍如といったところ。今や南北の対決はところを移し、互いに陣容は整いつつある。あとは戦機を待つばかり。辺境の高原に集うのは彼我併せて十四翼、ともにはテンゲリを(いただ)かぬ仇敵(オソル)を、いざ覆滅せんとて(シドゥ)()ぐ。


 先に大勝を収めたことで北軍優勢には違いないが、何と云っても相手は四頭豹、どんな奸策を秘めていないともかぎらない。果たしてツァビタルでの(ソオル)はいかなる顛末(ヨス)を辿るか。それは次回で。

(注1)【留守陣(アウルグ)敵人(ダイスンクン)妻妾(エメ)を……】マシゲル部のアイルに赴いて、アンチャイを捕らえたこと。第三 九回②参照。


(注2)【令徳】徳。美徳。善行。


(注3)【君は「万人長(トゥメン)の中の万人長」……】ヒィ・チノがインジャに帰投したとき、これに与えたさまざまな特権のひとつ。戦地にインジャがないときは、みなヒィ・チノに従うよう定めた。第一六八回①参照。

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