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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
74/783

第一 九回 ②

ヒスワ策を定めて四方に上卿を(つか)わし

コルブ弓を(くら)べて草原に奸人を見る

 ヒスワは頃合いを見て、ワラカンに先の遠交近攻の計略を説いた。ワラカンは始めはそれを退ける素振りを見せたが、やがて丸め込まれて分不相応な大望を抱くに至った。ついにはヒスワを上卿(クシュチ)に任命してことを(まか)せたのである。


「これでワラカン様は、生きては国祖ジュチ・ドルチに並ぶ名声を獲得し、死しては青史に名を止めるでしょう。(ウルス)は中興の祖あってなお栄えるものです。千年の計を定めなされませ」


 そう言って退出すると、ほくそ笑みつつベルダイ右派(バラウン)のアイルへ向かったのである。一介の庶民(カラチュス)だったヒスワが、なぜこのような大それた計画を実行しようとしているのか、それは判然としないが、ともかく事態は動きはじめたのであった。


 ヒスワはベルダイから帰ってくると、サルカキタンの使者をワラカンに引き合わせて、事の次第を報告した。使者は拱手して言った。


「大人は神都(カムトタオ)元首(ドルチ)の仁を慈雨(クラ)とし、勇を太陽(ナラン)とし、手綱(デロア)を預ける所存でございます。走狗(ノガイ)となって草原(ケエル)を駆けましょう」


 これを聞いたワラカンは、殊の外喜んで言った。


「大人は一世の英雄、しかし近年は機運に恵まれず、まだ(スン)臭い小僧(ニルカ)どもにいたずらに名を成さしめてしまったが、まことに遺憾である。これからはともに(ガル)を携えて、高慢な小僧どもにひと泡吹かせようぞ」


 ヒスワが右派の使者によくよく言い含めて、


「大人がとりあえず為すべきことは、軍を立て直すことです。うち続く敗戦で兵の数が不足しているでしょう。そこで壮丁(ヂャラウス)はこれを鍛錬し、四散したものはこれを収拾し、小族野盗(ヂェテ)の類はこれを招致し、(ソオル)を後にし、(エイエ)を先にすることが肝要です。焦ってはなりません。『大計は一日にして成らず、大功は春秋を(いと)わぬもののみが得る』と謂います。そう大人によくお伝えください」


 使者が必ず伝えますと言ったので、金銀を持たせて草原に帰した。


 そのあと左右の大臣(ヤルグチ)とクシュチを召集し、計略について(はか)った。いよいよ実行の算段である。やはりヒスワが、ほかのクシュチを前に(アマン)を開いた。


「これは国家(ウルス)の大計である。諸卿に与えられた責務(アルバ)は重大であるぞ。よくよく遺漏なきよう努められよ」


 今やすっかりクシュチの筆頭格、余の七人(ドロアン)も神妙な(ヌル)(チフ)を傾ける。その顔ぶれは、ビリク、ムルケ、ジエン、ハサン、ボルゲ、プラダ、グルデイの七人。


 まず名を呼ばれたのはビリクとムルケ。


「卿らにはマシゲルへの工作をお願いしたい。公子(ティギン)マルナテク・ギィは、獅子(アルスラン)渾名(あだな)される傑物(クルゥド)ゆえ、くれぐれも怠りなく」


 二人は黙って頷く。続いてジエンとハサン。


「卿らはタロトだ。妖人ジェチェンとその(クウ)マタージを欺くのだ。ウリャンハタが落ちればもっとやりやすくなろう。期待している」


 ここで彼は少し間を置いたあと、(クチ)を込めて言った。


「そのウリャンハタへは私が自ら赴こう」


 次にボルゲを指して、


「卿は単独でトオレベ・ウルチに会ってもらう。ハーンの野望を巧みに煽れ」


 残るはプラダとグルデイ。


「プラダ、卿はナルモント部へ」


「ナルモント部?」


そうだ(ヂェー)。計は思わぬところから破れるものだ。後背を固めることは重要である。よいな」


はっ(ヂェー)


 ナルモント部とは神都(カムトタオ)の遥か東方に割拠する勇猛(カタンギン)部族(ヤスタン)である。神都(カムトタオ)から(ホイン)へ向かったズイエ(ムレン)は、そのうちに(ヂェウン)に向きを変え、やがて垂直に(ウリダ)に下ってくる。そのズイエ(ムレン)に囲まれた平原(タル・ノタグ)が彼らの版図(ネウリド)である。


 西(バラウン)からの(ブルガ)大河(ムレン)が喰い止めてくれる神都(カムトタオ)も、東のナルモント部に対しては地続きで接している。


 さて、グルデイは己の名が呼ばれないので、あわてて言った。


「私は何を?」


「おお、卿にはこの神都(カムトタオ)を託そう。ことごとく計が成っても動かす兵が使えなくては何にもならぬ。卿は将軍の経験もある。適任だ」


 これを聞いてグルデイは俄然やる気を出す。ヒスワは満足してワラカンと両ヤルグチに向き直ると、拱手して言った。


「万事抜かりなく手はずを整えますから、案ずることはありません。我らクシュチにお(まか)せください」


 ワラカンは満悦の(てい)で、


「うむうむ。それにしてもお前ほどの知恵者(セチェン)は見たことがない。今日からセチェンと称するがよい」


はっ(ヂェー)、ありがとうございます」


 そう言ってヒスワはにやりと笑った。()しくもゴロに替わって、ヒスワがセチェンと称することになったのである。

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