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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
739/785

第一八五回 ③

ムカリ盤天竜より(のが)れて衛天王に遭い

インジャ四頭豹を追いて堅石盟を派す

 無論、カントゥカはすぐに追撃の(カラ)を下す。キレカやソラも合流(ベルチル)して残敵を掃討しつつ、何よりムカリを追う。しかしいまだかの猛将(バアトル)の命数は尽きておらず、ついにこれを取り逃がしてしまった。


 とはいえ、忌まわしき正統ウリャンハタ部の軍勢を、ほぼ壊滅させる空前の大勝利。すべてはアサンの先知(デロア・オルトゥ)賜物(アブリガ)。まさに兵法に謂う「先に戦地に()りて敵を待つものは(いっ)し、(おく)れて戦地に処りて戦に(おもむ)くものは労す(注1)」といったところ。カントゥカはこれを激賞して、すぐにインジャに捷報を送った。


 この大戦果に本営(ゴル)はおおいに沸いた。先に届いた獅子(アルスラン)ギィのそれ(注2)と合わせて、中央(オルゴル)のみならず東西においても勝利を得たからである。いよいよ約会(ボルヂャル)(ガヂャル)を定めて南進することにした。


 選ばれたのはクフ平原。かつて神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノが降った地(注3)である。麒麟児シンの兵から順次進発する。飛生鼠ジュゾウや神行公(グユクチ)キセイといったものどもは、広く斥候(カラウルスン)を放って四頭豹たちの所在を探索する。


 その間にも帷幄(ホシリグ)の謀臣たちは、さまざまに智謀を巡らす。例えば獬豸(かいち)軍師サノウが策を献じて言うには、


「三色道人を調略して(そむ)かしめれば、四頭豹の右腕を()ぐことになりましょう」


 インジャは難色を示して、


「かのものはヤクマンの宿将。音に聞く人となりを(かんが)みても、まさか叛旗を(ひるがえ)すとは思えぬ」


 しかし百策花セイネンもまたサノウを支持して、


「試みる価値はありましょう。たとえ不首尾に終わっても、敵人(ダイスンクン)(セトゲル)を乱すことができれば」


「ううむ……」


 インジャは迷って、超世傑ムジカを召す。事を(はか)れば即座に異を唱えて、


「おやめなさい。彼は志操堅固な良将。一敗地に(まみ)れたくらいで、その節を()げることなどありますまい」


 なおもサノウは未練があるようだったが、


「三色道人を調略など、(わら)われるだけです。ハーンが恥を(こうむ)りますぞ」


 強く諌止したので(ようや)く諦める。インジャは大きく頷くと、ムジカはもとより、策を献じたサノウもともに賞したが、くどくどしい話は抜きにする。




 北軍はクフ平原に徐々に集結する。ギィの第七翼や、カントゥカの第五翼も到着した。うち揃った兵を(かぞ)えれば、およそ十三万五千。ヴァルタラの激戦で一割ほど失ったが、(ブルガ)の損失のほうが遥かに大きい。


 そこへジュゾウから朗報が届く。ついに四頭豹らの所在を(つか)んだのである。諸将一堂に会した軍議の席上、ジュゾウはやや昂奮した様子で言うには、


「四頭豹をはじめ、三色道人、飛天道君など、主だった将はすべて一所に固まって(トイ)()いています!」


 (たま)らず呑天虎コヤンサンが大声で尋ねて、


「おお! それは何処ぞ!」


「ここより南西二百数十里、ツァビタル(黄白色の意)高原だ!」


 一同ざわめいたのは、来るべき決戦を想って昂揚したもの。インジャはそれを制して、地理に詳しい知世郎タクカと、旧の牧地(ヌントゥグ)が近い紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカに地勢を問う。まずタクカが言うには、


「そこは南原の(エブル)とも言うべき土地(コソル)。なだらかな傾斜があり、漠土(エレド)に近いため(ウヴス)は少なく、大半は(コリス)()き出しになっています」


 またキレカが続けて、


「傾斜はたしかに緩やかですが、その地形は大きく二段を成しています。一段目、二段目ともに広範(ハブタガイ)で、大軍を置くに充分な広さがあります。そのまま南方(ウリダ)に続いて、最奥には中華(キタド)長城(ツェゲン・ヘレム)が築かれているはずです」

挿絵(By みてみん)


 それを聞いて、好漢(エレ)たちはますます勇躍(ブレドゥ)する。四頭豹に加担(トゥサ)する憎き中華(キタド)の名を(チフ)にしたからである。癲叫子ドクトが叫んで、


「一気呵成に四頭豹を破って、そのまま長城を越えてやろうぞ!」


 さすがにそれは壮語が過ぎたものの、心情(ドウラ)としてはみなその言葉(ウゲ)善し(サイン)とした。サノウ独りが莞爾ともせず言うには、


「まずは眼前の四頭豹です。一所に在るなら、これを押し包み、殲滅(ムクリ・ムスクリ)いたしましょう」


 (ダウン)を荒らげるでもなく静か(ヌタ)に告げる。諸将は、その抑揚のない平板な口調の中に、かえってこの一戦に懸ける強い思いを感じ取って、一様に(ヂャカ)を正した。


 編成を一部改めてクフ平原を発つ。先鋒(アルギンチ)は、ムジカとギィ。これに続くのは、神箭将(メルゲン)ヒィ・チノの大軍。すなわち「チェウゲン・チラウンの盟(注4)」を結んだ三人(ゴルバン)のハンが、揃って先駆け(ウトゥラヂュ)栄誉(フンドゥ)を担う。


 そして中軍(イェケ・ゴル)たるインジャの第一翼。先頭を征くのは、鉄鞭(テムル・タショウル)のアネク・ハトン。碧睛竜皇アリハンの兵がうち続く。後衛にはウリャンハタ勢。第五翼、第六翼である。さらに後方にて輜重を守るのは、例によって王大母ガラコの第八翼。キレカの第四翼がこれを支援する。


 いつものように神速(クルドゥン)の将を先鋒としなかったのは、高地に攻め上る(ソオル)予想(ヂョン)されたからである。傾斜を上れば、どうしても足は落ちる。それを押して速攻を試みても、いたずらに兵が疲れるばかりで益が少ない。


 よって速攻に拠らんよりは、堅実かつ自在(ダルカラン)に兵を運用できる将を配すべき、という蓋天才ゴロの進言が採られたもの。


 アステルノとシンには、別の重要な任務(アルバ)が与えられることになった。

(注1)【先に戦地に処りて……】戦場には先に着いたほうが、ゆとりがあるので有利であるということ。「佚」は「逸」に通じて、楽しむ、のんびりする。安佚。


(注2)【ギィのそれ】梁軍の架けた「討胡橋」を焼き、また鬼頭児率いる梁軍を撃ち破ったこと。


(注3)【アステルノが降った地】第一次の南征中のことである。第一一五回①、および第一一五回②参照。


(注4)【チェウゲン・チラウンの盟】チルゲイの斡旋で、ヒィ・チノ、ムジカ、ギィが結んだ盟友(アンダ)の誓い。第四 一回②参照。

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