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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
725/785

第一八二回 ①

ハーミラ義君の後背に出でて(にわ)かに突入し

カー鉄鞭の艶美に(おどろ)いて(ただ)ちに下馬す

 さて、ヴァルタラ平原に進出した義君インジャたち。先駆け(ウトゥラヂュ)たる神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノが、グゼイ(アウラ)に拠るチャダを討って、いよいよ開戦する。


 小敵をあっさり退けて、あえて戦陣を解いたところ、周囲の丘陵(ウンドゥル)(エチネ)から狼煙が上がり、四頭豹の伏兵が群がり起こる。


 すっかり包囲(ボソヂュ)されたが、これも想定(ヂョン)のうち。あわてることなく迎撃する。しかしさすがは四頭豹、好漢(エレ)たちが死力を尽くさねば支えきれぬほどの猛攻。


 中でも急通貫イヒトバンは、中軍(イェケ・ゴル)に突入せんと試みる。これは碧睛竜皇アリハンがすばやく対応して(ようや)(ふせ)ぐ。


 平原(タル・ノタグ)の西半にて三色道人ゴルバンと相対した花貌豹サチの第六翼は、寡兵にて苦戦を強いられる。アステルノの援護を得て、また飛天道君の奇兵を予期して備えていたおかげで、何とか膠着に持ちこむ。


 そこで三色道人は戦列(ヂェルゲ)を整えるべく、いったん攻勢を控える。銅鑼を打って兵衆を集め、陣形(バイダル)を再構する。


 これによってサチたちも、ひと息()く。互いに二刻余りも激しく闘い合った(カドクルドゥクイ)ため、消耗(ハウタル)は覆いがたく、とても闘い続けられる状態になかったのである。


 サチはあれこれと指示を出していたが、ふと白日鹿ミアルンを呼んで言うには、


「すまぬが本営(ゴル)に戦況を伝えてもらいたい」


承知(ヂェー)。すぐに参りましょう」


 快諾するや馬首を(めぐ)らして、たちどころに駆け去る。戦場を縫って、途中アリハンとイヒトバンが押し合っている様子も確かめる。そうして無事に本営に至る。インジャもアネクもおおいに喜んでこれを迎えた。


 ミアルンは、一揖(いちゆう)して各処の戦況を報せる。一喜一憂しているところに、後方でヘレゲイ丘陵にある梁軍を牽制している呑天虎コヤンサンから早馬(グユクチ)が来る。何ごとかと通せば、息せき切って言うには、


「梁兵に動きはありません。しかしヘレゲイを越えて、別の一軍が現れました!」


 百策花セイネンがおおいに驚いて、


「何だと!? その数は? 何処の軍勢だ」


「数は五千騎。(トグ)は見知らぬもの。兵卒の多くは色目人のようです」


 獬豸(かいち)軍師サノウがはっとして、


「そうか、敵人(ダイスンクン)はまだ紅百合社(ヂャウガス)を残していたか!」


「コヤンサン様が言うには、微動だにせぬ梁兵は()いて、かの色目人どもの進路を(ふさ)ぐべきか、本営の判断を仰ぐようにとのこと」


 サノウは即座に断じて言った。


不要(ヘレググイ)である。そのまま梁兵を監視するよう伝えよ」


 そして付け足して尋ねて、


「ほかに言うことはあるか?」


はあ(ヂェー)、本日もハトンは実に(うるわ)しく……」


 例の()()(注1)であるが、それを最後まで言うことはできなかった。というのは、真偽を確かめるまでもなかったからである。何と色目人の五千騎は丘陵を下りるや、一直線に中軍に向けて突貫してきた。次々と敵襲の報告が至り、それどころではない。


 実はこれこそ四頭豹がインジャを討ち取るべく秘匿していた「()()」であった。


 サノウは舌打ちし、セイネンは兵を指揮するべくすぐに席を立つ。これまで超世傑ムジカや、碧睛竜皇アリハン、花貌豹サチなどが各方面で奮戦していたため、中軍まで兵刃が至ることはなかったが、今初めて後背から襲われたのである。


 インジャは決然としてあわてる風もなく、ミアルンに言うには、


「貴女はかつて西原で紅百合社の兵と戦ったことがある(注2)。いったいどういう(ソオル)をするものたちか」


 小考したのちに答えて、


「主将の吸血姫ハーミラは賊徒の首魁に過ぎませぬが、侮るべからざる良将。その用兵は(ヨス)(かな)っており、統率は行き届いております」


「なるほど。ほかには?」


「麾下の将領も多士済々、異能(エルデム)に秀でたものが数多おります。(こと)に……」


「殊に?」


「名は判りませぬが、一人恐ろしく剣技に長じたもの(注3)がおります。そのものが斬り込んでくれば、尋常の将では(かな)わぬかと」


 インジャは(ニドゥ)(みは)る。ミアルンはつと(ヌル)を上げて、


「僭越ながら申し上げます。もしそのものが陣頭に現れれば、ハトンにご出馬いただくのがよろしいかと存じます」


 アネクはぱっと顔を輝かせてすぐに(うべな)わんとしたが、インジャの表情は当然曇る。アネクが武芸に(すぐ)れていることは承知しているが、その身を(おもんぱか)ったのである。ミアルンはきっと高き座(オンドゥル)を見据えて、


「ハーンのご懸念は無用でございます。むしろハトンでなければ、()くその剣士を制することはできますまい」


 力強く断言するのを聞いて、インジャは(いぶか)しむと、


「白日鹿には何か根拠があるのだな」


はい(ヂェー)。そのものは、なぜかは判りませぬが、『()()()()()』と私に明言いたしました。その(ウゲ)(クダル)は感じられず、よってハトンがおいでになるのがよいと申し上げました。もちろん私も共に参ってお護りいたします」


「ふうむ……」


 ミアルンが忠良誠実であることは知っているが、あまりに荒唐、俄かには信じがたい。

(注1)【例の符牒】四頭豹のしかける虚報を判別するため、奇人チルゲイが考案したもの。報をもたらしたものは必ずアネク・ハトンの容姿(オンゲ)を絶賛するよう定めた。第一七九回③参照。


(注2)【貴女はかつて西原で……】イシを放棄して脱出するとき、紅百合社の追撃を受けた。第一七六回④参照。


(注3)【恐ろしく剣技に長じたもの】殺人剣カーのこと。第一七六回③参照。

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