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草原演義  作者: 秋田大介
巻一三
722/785

第一八一回 ②

アステルノ嚆矢(こうし)を放って縦横に馳走し

アリハン鋭鋒を(くじ)いて泰然と聳立(しょうりつ)

 グゼイ山上の三千騎はみるみる掃討されていく。アステルノの(ソオル)には、遅滞も遺漏もない。過ぎたるもなく及ばざるもなく、もっとも速い道筋(ヨス)を踏んで戦果を挙げる。よって一刻も経たぬうちに制圧を完了する。チャダも小スイシも最期の一瞬まで四頭豹を待望しつつ、草原(ケエリイン)の露(・シウデル)となった。


 アステルノは兵をまとめると、そのまま山上に(トイ)()く。中軍(イェケ・ゴル)にこれを報せれば、インジャはおおいに感心して言った。


「さすがは神風将軍(クルドゥン・アヤ)! そのまま留まり、のちには自在(ダルカラン)に進退せよ」


 早馬(グユクチ)を返すと、各軍の戦陣(バイダル)を解いて、クリエンを形成するよう命じる。


 実はこれも四頭豹を釣りだすための偽計。幕舎(チャチル)を仮設し、数多のゲルを建て、軍馬(アクタ)を繋ぎ止めたように見せながら、ひとたび号令が掛かれば即座に戦闘(カドクルドゥアン)に臨めるよう、気は張りつめたまま。


 ジュゾウやクミフ、アルチンといった慧敏なものどもが、怠りなく四周に(ニドゥ)を配る。最初に異変を察知したのは、ムジカの下にある笑小鬼アルチン。細い眼をさらに細めて(ウリダ)丘陵(ウンドゥル)を観ていたが、あっと(ダウン)を挙げると、


「ハン、ご覧ください! 丘の向こうから狼煙(のろし)が!」


 指差すほうを見遣(みや)れば、たしかに怪しげな煙が立ち(のぼ)っている。ムジカはひとつ頷くと、


「諸方に伝令! まだ円陣は解くな。いつでも戦えるよう心構えだけはしておけ」


 また同じころ、サチの陣営(トイ)でも娃白貂(あいはくちょう)クミフが、


「見て! 西(バラウン)の丘陵の奥から狼煙が上がっている!」


 みながそれを視認する中、白日鹿ミアルンは独り東南の方角を顧みて、


「あちらからも狼煙が……。煙の様子を観るに、東南のものが先で、西のものはそれに応えるべく上げられたのでは……」


 サチはこれを讃えて、


然り(ヂェー)、白日鹿の言うとおりだ。ということは、命令(カラ)を発する四頭豹は東南にある。我らの(ブルガ)は、おそらく三色道人」


 クミフが告げて言うには、


「三色道人の麾下には名のある勇将が大勢あるとか」


 サチは(フムスグ)ひとつ動かさず答えて、


敵人(ダイスンクン)が誰であっても、我らの任務(アルバ)は変わらない。本営および竜騎士に伝令。将兵は待機」


 忙しく早馬が行き交う。本営にてインジャが言うには、


「ここからが勝負だぞ。我らはあえて包囲(ボソヂュ)(チルメ)に飛び込んだ。両翼の友軍(イル)が馳せ戻るまで、きっと守りきるのだぞ」


 セイネンがやや青い(ヌル)で、


「もし、神箭将(メルゲン)と麒麟児の兵が至らなければ……」


「信じることだ。戦いの(ウドゥル)は伝わっている。必ず至る」


 サノウが莞爾ともせずに言った。


「計画そのものは完璧(ブドゥン)。また神箭将と麒麟児には、それを遂行する能力(アルバ)がある」


 すると鉄鞭(テムル・タショウル)のアネク・ハトンが嫣然と笑いながら言うには、


大鵬(ハンガルディ)が得物とするのは、大きな翼だけじゃないよ。長い(くちばし)もあれば、鋭い鉤爪(かぎづめ)もある。翼がなければ嘴で(つつ)き、(ホムス)(えぐ)ればいいのさ」


「ハトンはいったい何を……」


「不安がることはないって言ってるのさ! だいたい包囲されたと云っても、こちとら知ってて飛び込んだんだからね。奇襲なんてのは相手に読まれたら、奇襲でも何でもない。()()()()()()()()()()。じゃあ、恐れる必要なんてないじゃないか」


 さすがはハトンでありながらジョルチに冠たる猛将(バアトル)、みなおおいに勇気づけられる。インジャは内心おもえらく、


「なるほど、先の南征にハトンがあれば、また違った結果を得られたかもしれぬ。かの雄心(ヂルケ)があって、初めて緻密な軍略も活きようというもの」


 また麾下の諸将を思い浮かべれば、碧睛竜皇、超世傑、花貌豹、碧水将軍(フフ・オス)、竜騎士と、いずれも一軍を率いるに相応しい名将たち。(ようや)(セトゲル)は平らかになり、あとは敵の姿(カラア)(もと)めるばかりとなった。




 実際、サチの考えたとおり、北軍が至ってアステルノがグゼイ山に攻めかけた時点で、ヴァルタラ平原は四頭豹ドルベンと三色道人ゴルバン、加えてチンラウトの南軍にすっかり囲まれていた。それぞれ東南と西方の丘陵の(エチネ)に潜んで戦機が熟するのを待つ。


挿絵(By みてみん)


 撒き()としたチャダ軍が殲滅(ムクリ・ムスクリ)されて、北軍が戦陣を解いたのを確かめると、四頭豹は(ガル)()って、


「狼煙を上げよ! 馬に()れ! ここでフドウの小僧(ニルカ)を討ち取るのだ!」


 長年かけて鍛えに鍛えた直属の三万騎は、精鋭中の精鋭。四頭豹の意のままに動く。隊伍(ヂェルゲ)を整えるや、一斉に(トグ)を掲げる。喊声を挙げたかと思えば、どっと繰りだす。二万騎が四個の軍勢に分かれて、ムジカとオラルの第三翼に打ちかかる。


 三色道人もまた(カラ)を下す。平原の西側に南北に連なる丘陵にずらりと布陣した勇将たちは、たちまち勇躍(ブレドゥ)して与えられた役務を実行する。


 もっとも(ホイン)にあったのはゴルバン・アンク。その五千騎は平原の入口を(やく)するため、そろりと移動しはじめる。


 その南にはドロアン・トイ。「七星将軍」の渾名(あだな)を持つ剣技に長じた将である。若いながらに変幻自在の用兵の才があり、突入する友軍の側面を援護する。


 誰よりも真っ先に疾駆(ツォギオ)していったのは、「急通貫」と称されるイヒトバン。()く進んで退くことを知らぬ真の猛将。これがインジャの本営を指して、まっしぐらに突っ込んでいく。


 三色道人自身も堂々と丘を下って平原に進出する。正面のサチとカトメイの北軍第六翼に襲いかかる。


 ともにこれを討つべく、トウトウの五千騎が南から出現する。これもまた「飛天道君」の異名を持つ侮りがたき良将。


 最南端には禁軍を統べるチンラウト。もとは七卿に名を連ねた武芸に(すぐ)れた宦官である。その一万騎(トゥメン)は一直線にグゼイ山のアステルノを駆逐せんと図る。

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