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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
720/785

第一八〇回 ④

タクカ戦地を挙げれば(ことごと)く雪辱を期し

スブデイ帰投を偽るも(かえ)って反間と()

 チャダ、魏登雲、小スイシは、(ひざまず)いて(カラ)を待つ。ちなみに、草原(ミノウル)言語(ウゲ)を解さぬ魏登雲のために、九声鸚(きゅうせいおう)こと耶律老頭もまた通辯として控えている。四頭豹は楽しげに告げて言うには、


「まずはチャダと小スイシ。ヴァルタラ平原の中央(オルゴル)より少し(ウリダ)に下ったところに、平原(タル・ノタグ)をよく見わたせるグゼイ(アウラ)という小高い(ドブン)がある。二人はここに三千騎を率いて(デム)を張れ。(ふもと)ではなく、必ずその(いただき)を占めるのだ。(トグ)高々と(ホライタラ)掲げて、遠く(ホル)からもよく見えるようにせよ」


承知(ヂェー)!」


 チャダは即答したが、小スイシが恐る恐る尋ねて言うには、


「麓ではなく……。それでは平原に進入した敵人(ダイスンクン)からもよく見えてしまいますが、よろしいので?」


 四頭豹は僅かに(フムスグ)を曇らせると、


「よい! なぜなら、ヴァルタラに至った(ブルガ)の耳目をグゼイ山に集めることこそ、卿らの責務(アルバ)だからだ。私は意味のない指示はしない。くだらないことを訊くな」


 小スイシはたちまち恐懼して非礼(ヨスグイ)を詫びる。それを遮って、


(チャク)が惜しい。黙れ。二人は敵影を認めたら、盛んに気勢を上げて挑発せよ。きっと一軍が攻めかかってくる。そのときは丘を下りることなく、留まって戦え」


承知(ヂェー)!」


「……お、お待ちを! 三千騎ではとても守りきれませぬ」


 もちろん前者はチャダ、後者は小スイシ。四頭豹は不快も露に、


「守りきれなどと誰が言った。戦いが始まったら、私が手を打つ。お前はいちいちすべてを言わねば命に従えぬのか」


いえ(ブルウ)、とんでもない! どうかお(ゆる)しを……」


「赦しを請う暇などない。十日以内に布陣を()えよ。疾く行け(ヤブ)! 行って為すべきを為せ」


承知(ヂェー)!」


 二人が退出すると、残ったのは魏登雲(と耶律老頭)。先ほどからのやりとりをにやにやしながら聞いていた魏登雲は、


相国(サンクオ)、我らは何を?」


「おお、親愛なる将軍よ。待たせて申し訳ない。貴殿は、麾下の全軍(五千騎)をもって、平原の北東にあるヘレゲイ丘陵を占めよ。平原を遥かに見下ろして、敵軍の後背(ノロウ)(やく)していただきたい」


「お易い御用だ。気を(つか)わずとも、最前列ではたらいてもよろしいのだが」


いえ(ブルウ)、それには及びません。ヘレゲイは、平原で戦う(アヤラクイ)ものにとって(おろそ)かにできない要所。ここを将軍にお(まか)せします」


「了承した。早速進発いたそう」


 戦意旺盛な魏登雲は、卞泰岳、拓羅木公といった諸将を従えて、早くもその(ウドゥル)のうちに発つ。四頭豹はまた混血児(カラ・ウナス)ムライを召す。スブデイの成果を告げた上で言うには、


「まことに神箭将(メルゲン)と衛天王がインジャの下を離れたか、慎重に確かめよ」


承知(ヂェー)


 ムライはことごとく解っている様子で、多くを聞かずに去る。幾日かして再び伺候すると言うには、


「確かに両将とも数万騎を率いて出征しました。ゲル群や輜重(イヂェ)も行をともにしており、偽装や奸計とも見えません」


「お前が言うなら間違いないな。斥候(カラウルスン)からの報告とも一致する。インジャめ、完全(ブドゥン)に陥穽に落ちたぞ」


 (ようや)く喜色を浮かべる。ムライが答えて、


「あとはグゼイに()いた餌に喰いつくのを待つばかりですな」


然り(ヂェー)。インジャを討ちとるために、まず小さな勝ちを拾わせてやる」


「ふっふっふ。小スイシも哀れ(ホールヒー)な」


 そっとそれを制すると、


「そこまでだ。『テンゲリには(ニドゥ)があり、エトゥゲンには(チフ)がある』と謂うではないか」


「おっと、これは失敬」


 二人の策士は(タウン)を殺して笑い合ったが、この話もここまで。




 一方、義君インジャも敵軍の動向について探り、ほどなくグゼイ山のチャダ軍と、ヘレゲイ丘陵の梁軍について知る。もちろんそれを報せた斥候たちは口を揃えて、アネク・ハトンを賛美した。サノウが言うには、


「これぞ四頭豹の撒き()に違いありません。グゼイ山の小敵に目を奪われて兵を進めれば、三方から大軍が現れて我が軍を包囲(ボソヂュ)する算段です」


 インジャが答えて、


「だが、それで良いのだな。その時点で、むしろ眼前の敵に目を奪われているのは四頭豹のほう。さらにその外輪から、神箭将や麒麟児たちが至って後背を襲うのだからな」


然り(ヂェー)。さあ、我らも堂々の旗幟(トグ)を掲げて『戦いの(ガヂャル)』へ向かいましょう。綿密な行程を定めて『戦いの日』を伝えましょう。東西に送ったものはすでに遠く離れておりますが、(すぐ)れた僚友(ネケル)たち(注1)の差配で緊密に連絡を繋いでおります。信じて進めば、鬼神(チュトグル)といえどもこれを(はば)むことはかないますまい」


 おおいに(クチ)を得て、いよいよ進発の勅命(ヂャルリク)を下す。第三翼に属する神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノを先駆け(ウトゥラヂュ)に、数万騎の軍勢が次々と(トイ)を払って駆けだしていく。


 いよいよ因縁の地ヴァルタラで、天下の帰趨を占う一大決戦が始まらんとしている。まさしく大鵬(ハンガルディ)の羽翼(注2)は颯爽、豺狼(チョエ・ブリ)の爪牙は獰悪(どうあく)といったところ。


 もとより天理は昭然として善人義士を加護するとは謂うものの、かの奸智(ザリ)たるや、必ずテンゲリを欺かぬともかぎらない。果たして、獬豸(かいち)軍師と四頭豹、どちらの策略が上回るか。それは次回で。

(注1)【(すぐ)れた僚友(ネケル)たち】飛生鼠ジュゾウ、神行公(グユクチ)キセイ、赫彗星ソラ、矮狻猊(わいさんげい)タケチャク、娃白貂(あいはくちょう)クミフといった、連絡や斥候を司る将領のこと。


(注2)【羽翼】文字どおり鳥の翼の意のほかに、(天子などを)助けること。また、その人の意がある。




<巻一二 終わり>


草原(ミノウル)全土

挿絵(By みてみん)

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