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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
72/783

第一 八回 ④

ナオル義兄に天無二日の理を(さと)

ヒスワ大人に遠交近攻の計を説く

 サルカキタンは一瞬(ニドゥ)を輝かせた。が、すぐにそれは色を失った。


「それほどの兵を養いながら、なぜ一度も撃って出ようとしなかったのだ」


「それはやはり(バラガスン)に縛られたのでございます。城に居れば防備は易い(アマルハン)もの。さらによその部族(ヤスタン)とことを構えるよりは交易していたほうが楽で、かつ利がありますからな」


 ヒスワの言葉(ウゲ)に新たな疑問が湧く。


「それではなぜ軍を動かす気になった」


「ごもっとも。それは草原(ミノウル)の乱れが頂点に達したからです。特にジョルチ部の抗争(ブルガルドゥアン)が激しく、神都(カムトタオ)からタムヤまでの交易路を安寧に保つことが困難(ヘツウ)になってきました。ジュレンは交易で生計を立てておりますから、交易の安全こそ肝要。そのためにはいたずらに専守を気取っているわけにはいきません。乱が鎮まるのを待つより、自ら乱を鎮める方策を採ろうというわけです」


 サルカキタンには難しい理屈だったが、商人(サルタクチン)には商人の(ヨス)があるのだろうと察して得心した。だが不安は去らず、


「しかし(ソオル)に慣れていないのではないか?」


「だからこそ勇将(バアトル)名高い(ネルテイ)大人と結ぶのです。さらに我々には策がございます」


「ほう、それは」


「大人は今、(ヂェウン)にベルダイ左派(ヂェウン)西(バラウン)にフドウ、ジョンシ、(ウリダ)にマシゲルと、三方を囲まれた形勢です。これは分が悪い」


 頷いたのを見て、ヒスワは微笑むと、


「そこで大人、()()()()という策をご存知ですか」


 もちろん知っているはずもない。


「遠くと交わり近くを攻める、つまりここでは包囲(ボソヂュ)の外にさらに盟友(アンダ)(ドゥグイー)を作って逆に(ブルガ)を囲んでしまうのです。例えば我がジュレンと大人が結べば、ベルダイ左派を挟撃する形になります。同じようにフドウもマシゲルも大きな輪の中に封じ込めるのです。そして一気に呼応して軍を興せば、敵は互いに助け合うこともできず自然に滅びるでしょう」


 サルカキタンは思わず、おおっと(ダウン)を漏らす。


「お主は知恵者(セチェン)じゃのう。目から鱗が落ちる心地じゃ」


「しかしながらまだその包囲の輪が完成したわけではありません。まず西のフドウ、ジョンシですが、そのさらに遠方の部族(ヤスタン)味方(イル)にしなければなりません」


「それはどこだ」


「ミクケル・カン率いるウリャンハタ部です。その兵力は強大で、メンドゥ(ムレン)を渡ればそこは彼らの版図(ネウリド)です。南はシータ(ダライ)までを収め、兵力は数万を数えます」


「味方になるのか?」


「そこでございます。我々が(しら)べたところ、ウリャンハタの客人(ヂョチ)におもしろい男がおります」


「ええい、誰じゃ。焦らすな」


「ジョンシ氏族長(ノヤン)ナオルの(アカ)、ウルゲンです。彼は以前にナオルとの争いに敗れて(注1)、ミクケル・カンを(たの)んでいます。今や多少の信頼(イトゥゲルテン)を得てこれに仕えているとか。ウルゲンはきっとナオルへの報復を忘れていないでしょうから、乗ってくること請け合いです」


おもしろい(ソニルホルトイ)。ではマシゲルは?」


「それは大人のほうがよくご存知です。トオレベ・ウルチ・ハーンがいるではありませんか」


 すると眉間に皺を寄せて、


「トオレベ・ウルチは黒い心(ハラ・セトゲル)の主だ」


「しかと盟を約する必要はありません。牽制の役に立てば十分。マシゲルにはほかにも打つ手はあります。あの辺りはもともと野盗(ヂェテ)や小部族(ヤスタン)の多い地域、彼らを焚きつければかなり手を焼くに違いありません」


「ははあ、その手があったか」


「これでほぼ包囲の(チルメ)は完成です。もうひとつ難関を越えれば、さらにこの策は完璧(ブドゥン)になります」


「それは?」


「メンドゥの妖人ことタロト部のジェチェン・ハーンです。知ってのとおりタロトはフドウ、ジョンシと懇意(カラウン)にしています。この連環を断たねば西の包囲は破れるでしょう」


「なるほど、策はあるのか」


「実はもっとも手強いのがタロトの始末なのですが、これはただひとつの策でどうこうできるものではありません。まずはトオレベ・ウルチによる牽制、次に不平氏族(オノル)の扇動、そして最後にウリャンハタを動かすのです。またそれらに先立って謀略を駆使しなければいけません」


「というと?」


「流言蜚語(ひご)を撒き散らして混乱させるのです。ジェチェンもこの十年ですっかり老いて、末子(ニルカ)のマタージが多くの職務を代行しています。このマタージはまだ年若く恐れるに足りません。虚偽(クダル)をもって惑わせてしまうのです。その上でヤクマンやウリャンハタが牽制すれば、とてもフドウを助けるどころではなくなるでしょう」


 サルカキタンは小躍りして喜ぶ。


「おもしろい」


「それだけではありません。これらの策をもってなお功を奏さなかったときはやむをえません」


「おう、そのときは?」


 ヒスワはその双眸に暗い光を溢れさせながら、(アマン)には微笑を浮かべて言った。


「ジェチェンに刺客(アラクチ)を送ります」


 さすがの野人もはっと息を呑む。が、やがて沸々と笑いが込み上げてきて、ついには声に出して高らか(ホライタラ)に笑った。ヒスワも応じて笑い出す。


 さて、この奸人の発案がもとになり、草原(ミノウル)は上を下への大騒動、さしもの英傑好漢もおおいに(エレグ)を冷やすということになる。


 まさしく戦の勝敗は兵家の常、小人相集いて奸策を(はか)り、おかげで敗者も息を吹き返すといったところ。ヒスワの策はどういう顛末(ヨス)を辿るか。それは次回で。

(注1)【ナオルとの争いに敗れて】第 五 回①参照。

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