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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
711/785

第一七八回 ③

インジャ雄族を併せて遂に八圏営整い

ハレルヤ大君を討ちて(まさ)に南征軍発す

 と、その前にいくつか述べておかねばならぬことがある。よもや気づいた方はおるまいが、先に挙げた僚友(ネケル)の中に名がなかったものがある。タロト部の左王、ゴルタである。


 インジャの初陣(注1)を輔けてより二十二年、歴戦の勇将はこの(オブル)に病を得て、呆気なく逝ってしまった。訃報を受けたインジャは、テンゲリを仰いで言った。


「かのものがなければ、私は初戦で(つまず)いていたかもしれぬ」


 そこでゴルタに「忠烈伯」の(ツォル)を贈って、その死をおおいに(いた)んだ。インジャが部族(ヤスタン)を統一する前から従う古参の好漢(エレ)たちは、その武人らしい人となりを思い出して等しく(セトゲル)を痛める。


 とはいえ、南征の準備は粛々と進む。三月、早くもケルン・カンがズイエ(ムレン)を渡って東原に移る。ヒィ・チノと(まみ)えて後事を託される。


 ボギノ・ジョルチ部では、中原へ向かうガラコの軍勢と、西原の守りに就くナオル軍の編成が完了する。ウリャンハタ軍はこれとの合流(べルチル)を待って、ともに出征する予定である。


 すると第六クリエンに配されたクニメイが、サチとナユテを訪ねて言うには、


「渡河する前にひとつ策がございます」


「何だ?」


 サチが問えば、


「カムタイの梁軍の(フル)をたしかに止め、かつ西域(ハラ・ガヂャル)からの援兵を遅らせる策を思いつきました」


 ナユテが難色を示して、


「兵は中原に集めなければならぬのだぞ。カムタイに()くことはできぬ」


 するとクニメイは莞爾と笑って、


「存じております。兵馬は要りません。人を二人ばかり貸してくだされば、あとはうちの小者(カラチュス)を用いるばかりです」


紅大郎(アル・バヤン)は何をしようとしているのかな」


お耳(チフ)を……」


 (いぶか)しげに耳を寄せたサチとナユテに、何ごとか(ささや)く。サチは(ガル)()って言った。


おもしろい(ソニルホルトイ)娃白貂(あいはくちょう)と白日鹿を連れていけ。出征までにはきっと帰陣せよ」


承知(ヂェー)


 揖拝(ゆうはい)して、その(ウドゥル)のうちに発つ。三人は半月ほどで無事に戻ってくる。クニメイが嬉しそうに言うには、


「シータ(ダライ)に繋留せる(ブルガ)の舟を、ことごとく焼いてきました。兵馬の移動はもとより、糧食(イヂェ)の輸送も(とどこお)るでしょう。梁軍は完全(ブドゥン)(バラガスン)に閉じ込められました」


 またクミフが告げて言うには、


「城内の穀物庫(サン)も、ひとつ燃やすことができました。きっと糧食が欠乏するに違いありません」


 ミアルンは満面の笑みで、ただ頷く。サチは三人を賞してカントゥカに報せたが、くどくどしい話は抜きにする。




 そうするうちにナオルとガラコが至る。カントゥカと(まみ)えて久闊を叙し、また渡河について(はか)る。まずは先に援軍として駐留していた兵から順に動くことにする。トオリルは、ボギノ・ジョルチに返ってこれを(まも)る。


 南征において第四クリエンを率いるキレカから、メンドゥ(ムレン)を渡ることにした。(ゾン)と違って、この季節は水量が少ない。騎馬ならそのまま押し渡ることができる。(テルゲン)もところを選べば、舟は不要(ヘレググイ)である。


 キレカ軍が無事に対岸の(コリス)を踏んで、(トイ)()いているところを訪ねたものがある。草原(ミノウル)に冠たる猛将(バアトル)、盤天竜ハレルヤである。ソラやメサタゲは雀躍してこれを迎える。キレカも驚いて、


「こんなに早く来ていただけるとは思わなかった。ありがたい」


「実はひとつお願いがあって参った」


「天下の盤天竜の願いとあらば、どうして退けられようか」


 そこでハレルヤが何と言ったかと云えば、


「南征に先立って、滅ぼしておきたい小敵がある。ぜひ、紅火将(アル・ガルチュ)(れき)公(注2)の(クチ)を借りたい」


「何と。それはいったい……?」


 メサタゲがはっとして、


「まさかついに!」


 ハレルヤは頷くと、力強く言い放った。


大君(イェケ・アカ)タルタル・チノを討つ」


 諸将は瞠目する。オンヌクドがあわてて言うには、


「しかしダルシェの冬営地(オブルヂャー)たるダナ・ガヂャルは南原の最奥。四頭豹の(ニドゥ)を盗んで達することはできませんぞ」


 ハレルヤはにやりと笑うと、


「あの老人(ウブグン)め、とうとうダナ・ガヂャルをも奪われた。封土も僻地に移されて、何と我らの目と鼻の先にある。もはやこれを襲っても助けるものはない」


 これを聞いて、誰もが快哉を叫ぶ。早速五千騎を選抜して、ハレルヤが率いる。ソラとメサタゲが副将として従う。


 目指すアイルに達するや、躊躇なく突撃する。積年の怨み(注3)が大刀に憑依したかのごとく、その武威は敵を圧倒する。


 まっすぐに突き進んで、瞬く間(トゥルバス)にタルタル・チノの首級を挙げた。それを見たものはたちまち戦意を喪失、メサタゲの勧告に応じてことごとく投降する。使えるものは編入し、使えぬものは放逐して、意気揚々と凱旋する。


 インジャに早馬(グユクチ)を送ってこれを報じたが、この話もここまで。

(注1)【インジャの初陣】ゴルタはジェチェン・ハーンに命じられて、これを輔けた。第 四 回②参照。


(注2)【(れき)公】ハレルヤは初めて会ったときから赫彗星ソラのことをこう呼んでいる。ソラに(つぶて)を投げる異能があるため。第八 三回④、第九 八回③など参照。


(注3)【積年の恨み】ハレルヤがタルタルと衝突して出奔したのは七年前のこと。第一三九回③参照。

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