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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
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第一 八回 ③ <カナッサ登場>

ナオル義兄に天無二日の理を(さと)

ヒスワ大人に遠交近攻の計を説く

 好漢(エレ)たちがおおいに盛り上がっていると、いつの間にか一人の男が少し離れたところに座ってこちらを見ている。一枚の板を抱え、その裏で何やら懸命に(ガル)を動かしている。


 不審に思ったジュゾウがひょいと立ち上がって近づき、何をしているのかと覗き込めば、板の上に紙を載せて、彼らが座談に興じるさまを一心不乱に描いているのであった。


「ははあ、こりゃまた何と精巧な画だ。紙の上に見たままを切り取って貼り付けたようだ。こいつは驚いたな。神都(カムトタオ)でもここまでの(エルデム)は見たことがない」


 ジュゾウの嘆声を聞きつけて、みな集まってくる。男はあわてて、


「やや、みなさまはどうぞそのままで。みなさまの様子があまりに画になるので無断で描いておりました。お気を悪くなさらぬよう」


 アネクが笑って、


「カナッサったらまた画を描いていたのね。このカナッサは、何でも見たままをすらすらと紙に写してしまうという神業の主なのよ」


 恐縮しているその人となりを見れば、


 身の丈は七尺少し、(フムスグ)は太く、(スリムスン)は長く、(ニドゥ)は大きく、(オロウル)は薄く、角面にして角心、常に紙と筆を背嚢に入れて歩き、(セトゲル)の赴くままに描けば瞬時(トゥルバス)現世(イュルトゥンツ)を写して誤りなしという異能(エルデム)の主。人呼んで「金写駱(アルタン・テメエン)」。


 インジャはおおいに喜んでカナッサも(ドゥグイー)に加わるよう勧める。辞することしきりであったが、(ようや)く首肯して言うには、


「その前に画を仕上げてしまいます。みなさまもとの席へお戻りください」


 みな笑って(したが)う。するとカナッサは、


「ギィ様はもう少し(ヂェウン)へ、そう。ハツチ様はやや(バラウン)へ、お身体が大きいのでジュゾウ様が隠れてしまいます」


 などと言いだしたものだから、みなますます興がって何でも言うとおりにしてやった。ほどなく画が完成したのでカナッサも席に連なり、おおいに楽しんだ。


 夜は()けていく。しかし彼らの衝天(しょうてん)(オロ)()むところを知らぬかのよう。トシが散会を告げねば朝までも語り続けたに相違ない。好漢は尽きぬ話に名残を惜しみつつ、各々帰っていった。


 去り際にハツチがゴロに尋ねた。


「ともにフドウへ来ぬか」


 すると寂しげに笑って、


「フドウは西方、オロンテンゲル(アウラ)(ウリダ)に牧すと聞いている。神都(カムトタオ)から遠すぎるだろう」


 ハツチは何も言えずに己のゲルへ戻った。




 翌日、旅人はそれぞれのアイルへ帰ることになった。ギィはアンチャイを伴って、もちろんゴロもともに南のマシゲルへ。アンチャイの(エチゲ)ナテンがこれを送っていく。


 インジャは、ナオルらとともに西(バラウン)のフドウへ。こちらはマルケが送ると言って聴かない。さればとドノル氏のテムルチが守る山塞まで送ってもらうことにした。


 トシ・チノはみなを呼んで送別の宴を張った。個々に別れの言葉(ウゲ)をかけて(ボロ・ダラスン)を注ぐ。特にマシゲルに(とつ)ぐアンチャイにはいつになく優しい声音で、


「ギィ殿は草原(ミノウル)に冠たる英傑(クルゥド)だ。きっとよくしてくれよう。しかしベルダイが懐かしくなったらいつでもギィ殿と遊びにくるとよい」


 アンチャイは答えて言うには、


「今、草原(ミノウル)は乱れております。他家に嫁いだからには、懐かしいなどと言ってギィ様や族長(ノヤン)様を困らせるようなつもりは毛頭ございません。両家(クチ)を併せて、一日も早く乱世を治めるのが先決。平和(ヘンケ)が戻れば、ベルダイに遊ぶ機会(チャク)も訪れましょう」


 これを聞いて感心しないものはなかった。

 インジャにもトシは別れの酒を注いだ。


「ベルダイはフドウを(かなえ)の一方の脚と(たの)んでおるぞ。これからも何かにつけよろしくお願いしたい」


 再拝して答えて、


「ありがたいお言葉です。大兄(イェケ・アカ)と再び(まみ)えることを楽しみにしております」


「今度は旌旗(トグ)の見えないところで会いたいものだ」


 それを聞いて傍ら(デルゲ)のナオルの顔色が変わりかけたが、インジャに目で制される。その後は格別のこともなく(なご)やかなうちに宴は幕を閉じ、ギィの隊から順にアイルを離れた。インジャも(ようや)く帰途に就く。アネクとその兵衆がそれを見送った。


 道中、インジャはナオルに尋ねた。


「先にトシ殿が別れの挨拶に来たとき、君の顔色が変わったのはどういうことだ」


「トシ殿は言いました。『今度は旌旗の見えないところで会いたい』と。これは暗に、逆らえば(ソオル)になるぞ、と脅しているように聞こえました」


「愚かなことを言うものではない。今回は右派(バラウン)が攻めてきたせいで陣中で会わざるをえなかった。そこで今度は落ち着いて会おうと言ったに過ぎない」


「申し訳ありません。しかし昨晩申し上げたとおり、ジョルチに君臨するのは義兄かトシ殿です。それはお忘れなきよう」


 これには返事をせず、頷いただけであった。その後は何ごともなくオロンテンゲル(アウラ)に着いた。マルケに丁重に礼を言うと、再会を約して別れる。


 ジュゾウを先に()って到着を告げると、テムルチが迎えにやってきた。インジャを見て喜ぶことひとかたならず、それはまたインジャも同じであった。


 (くつわ)を並べて懐かしい山塞に入ると、ここでも盛大に宴が始まったが、くどくどしい話は抜きにする。




 それから幾日か経って、敗れたサルカキタンのアイルを訪れたものがあった。何と一世の奸人ヒスワである。


「何、お主がわしに力を貸すだと? もう一度詳しく話してみよ」


 (うなが)されたヒスワは口許(くちもと)(ゆが)めて笑顔らしきものを作りつつ言った。


「ですから私ではなく、ジュレン部がベルダイ左派(ヂェウン)とフドウの小僧(ニルカ)への復讐に力を貸そうと言っているのです」


「ジュレン部とは神都(カムトタオ)の連中だな。(バリク)のものがどうやって戦に助力(トゥサ)するのじゃ」


神都(カムトタオ)を侮ってはいけません。ジュレン部はその昔、草原(ミノウル)に覇を唱えた部族(ヤスタン)ですぞ。今でも兵力は二万を割ったことはございません。諸部族(ヤスタン)のうちでもこれだけの兵を常に養っているものは少ないでしょう。さらに西域(ハラ・ガヂャル)との交易により兵装も一流です」


 これを聞いてサルカキタンは唸った。


「二万とな。ジョルチ部全体の兵力と変わらんではないか。知らなかった。城塞(バラガスン)に縛られ、交易に堕した亡族とばかり思っていた」


「いかがです? ジュレンが沈黙を破って大人のために軍を出そうというのです。さらに大人の軍に最新の兵装を施しましょう」

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