第一七六回 ③ <カー登場>
カントゥカ死地を逃れて紅火将と合し
ミアルン東城を棄てて殺人剣と競う
イシの城外で砲撃の指揮を執っていたのは、火焔郎君ペルポル。眼をぎらぎらと光らせながら、次々に砲弾を放たせる。あるいは城壁を穿ち、あるいは空中で炸裂する。
「撃て、撃て! 燃やせ、燃やせ!」
狂喜するペルポルに近づいた女がある。言うには、
「ふふふ、ずいぶんとご機嫌のようだね」
「ああ、これは姐さん。紅火砲の威力、すばらしいと思いませんか」
女は紅百合社の首魁、吸血姫ハーミラ。
「まったくだねえ。草原の兵器は拙いとばかり思っていたよ」
「弾はまだまだあります。撃って、撃って、撃ちまくってやりましょう!」
するとハーミラは、
「阿呆だね! イシの竜騎士はなかなかの良将だとか。そろそろ門を開いて出てくるよ。大事な火砲を壊されないうちに下がっておきな」
「えっ!? しかし……」
「調子に乗るんじゃない。下がれ!!」
俄かに怒色を顕にして叱りつける。ペルポルは震えあがって、火砲の列に後退を命じる。
代わって前進したのは、歩騎の雑じった長槍の一軍。ハーミラはその部将に声をかけて言うには、
「ジャライル、必ず竜騎士は北門を開く。迎撃して殺し尽くせ」
「委せといてください、姐さん」
褐色の鬢を撫でつつ不敵に笑うと、さっと片手を挙げて戦列を崩すことなく整然と進みはじめる。
と、ハーミラの予測どおり城門が開いて、どっと騎兵が繰り出してくる。両軍は正面から激突した。
城兵の先頭には知事たるカトメイ自身が立つ。後方を纏めるのはヤムルノイ。中央にはササカとミアルン、二人の女傑を配して、チルゲイ、カコ、ヤザムを守らせる。
戦闘を望んだハーミラは瞠目して、
「おや、竜騎士め。城を棄てるのか。あれは全軍を動員しているね」
すかさず四方に伝令を発して、余の三門を奪わせるとともに、騎兵を割いて北門に送るよう命じる。またやや離れて営している亜喪神ムカリにも早馬を送った。
しばらく屹立して戦況を見守っていたが、ふと思い立って一人の将を呼ぶ。その人となりはと云えば、
身の丈は七尺四寸、年のころは三十過ぎ、黒髪は松葉のごとく硬く、体躯は豺狼のごとく軟らかい。その三白眼にて睚眥(注1)すれば壮士もこれを怖れ、睥睨(注2)すれば強兵もこれを避く。剣を操りては天下に双ぶものなき勇士。その名は、カー。
「行ってジャライルに伝えよ。戦法を更える。竜騎士は平原に逃れるつもりだ。ならば道を開けて通してよい」
カーは、眉を顰めて訊き返す。
「すみません、俺が聞き違えましたか。姐さんは敵を逃がしてもよいと言いましたかね」
「ああ、言ったよ。城をくれるって言うなら、それでいいんだ。去ろうとするものの道をわざわざ塞いで兵を減らすのは、愚かもののすることだ」
「ははあ、得心がいきました。伝えてきます」
行こうとするのを呼び止めて、
「そのあとお前は、お前の渾名が示す任務をやるんだ」
「へえ、それは?」
「お前の異名は『殺人剣』。敵将の一人や二人、屠ってこられるだろう」
カーは呵々と笑って、
「もちろん。容易いことです」
「亜喪神によると、チルゲイなる策士があるそうだ。できればそいつをやれ」
「承知しました」
言うや、剣を抜き放って馬腹を蹴る。そのまま前線に駆け入って、まずはジャライルに主命を伝える。それを受けて命を下せば、たちまち陣形は変ずる。なるべく敵の正面を避けて、側面から矢を射かける。
西域軍の変化は、すぐにカトメイらの気づくところとなる。
「おお、実に好い。敵人のうちに道理の解るものがあると見える。ひと息に突っきってくれようぞ」
鞍上に身を伏せて、疾駆する。ときどき近づくものは一撃に退ける。カトメイの兵は、錐のごとく、蛇のごとく連なって、敵陣を駆け抜ける。
西域軍はこれを見送ってから、おもむろに追撃に移る。後尾に喰らいついて、遅れたものから討ち取っていく。
追撃する中に、カーの姿もある。馬を駆りつつ、じっと敵軍を観ていたが、やがてふっと笑って一気に足を速める。
するすると進んでいくかと思えば、卒かに敵中に突入する。あわてて向かってくる兵を片端から斬り伏せる。すべて一撃、得物を交える暇すら与えない。
「見つけたぞ、チルゲイ」
鋭い視線の先にいたのは、たしかに奇人。もちろん顔は知らぬはずだが、狩りの獲物を瞬時に嗅ぎ分ける能力こそ、殺人剣の殺人剣たる所以。
「策士らしいが、見たところ剣はそれほど使えない。周囲にあるものも難敵ではない。これはもらったな」
カーは喜びに胸を躍らせつつ、馬を急かせる。
(注1)【睚眥】目を怒らして睨むこと。またその目つき。
(注2)【睥睨】睨みつけて勢いを示すこと。横目でじろりと睨みつけること。




