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草原演義  作者: 秋田大介
巻一二
703/785

第一七六回 ③ <カー登場>

カントゥカ死地を逃れて紅火将と合し

ミアルン東城を棄てて殺人剣と競う

 イシの城外で砲撃の指揮を()っていたのは、火焔郎君ペルポル。(ニドゥ)をぎらぎらと光らせながら、次々に砲弾を放たせる。あるいは城壁(ヘレム)穿(うが)ち、あるいは空中で炸裂する。


「撃て、撃て! 燃やせ、燃やせ!」


 狂喜するペルポルに近づいた(ブスクイ)がある。言うには、


「ふふふ、ずいぶんとご機嫌のようだね」


「ああ、これは姐さん。紅火砲の威力、すばらしいと思いませんか」


 女は紅百合社(ヂャウガス)の首魁、吸血姫ハーミラ。


「まったくだねえ。草原(ミノウル)の兵器は(つたな)いとばかり思っていたよ」


「弾はまだまだあります。撃って、撃って、撃ちまくってやりましょう!」


 するとハーミラは、


阿呆(アルビン)だね! イシの竜騎士はなかなかの良将だとか。そろそろ門を開いて出てくるよ。大事な火砲を壊されないうちに下がっておきな」


「えっ!? しかし……」


「調子に乗るんじゃない。下がれ!!」


 俄かに怒色を(あらわ)にして叱りつける。ペルポルは震えあがって、火砲の列に後退を命じる。


 代わって前進したのは、歩騎の()じった長槍(オルトゥ・ヂダ)の一軍。ハーミラはその部将に(ダウン)をかけて言うには、


「ジャライル、必ず竜騎士は北門を開く。迎撃して殺し尽くせ」


(まか)せといてください、姐さん」


 褐色(ダイル)(びん)を撫でつつ不敵に笑うと、さっと片手を挙げて戦列(ヂェルゲ)を崩すことなく整然と進みはじめる。


 と、ハーミラの予測(ヂョン)どおり城門(エウデン)が開いて、どっと騎兵が繰り出してくる。両軍は正面から激突した。


 城兵の先頭には知事(ダルガチ)たるカトメイ自身が立つ。後方を(まと)めるのはヤムルノイ。中央(オルゴル)にはササカとミアルン、二人の女傑を配して、チルゲイ、カコ、ヤザムを守らせる。


 戦闘(カドクルドゥアン)を望んだハーミラは瞠目して、


「おや、竜騎士め。城を棄てるのか。あれは全軍を動員しているね」


 すかさず四方に伝令を発して、余の三門を奪わせるとともに、騎兵を()いて北門に送るよう命じる。またやや離れて営している亜喪神ムカリにも早馬(グユクチ)を送った。


 しばらく屹立して戦況を見守っていたが、ふと思い立って一人の将を呼ぶ。その人となりはと云えば、


 身の丈は七尺四寸、年のころは三十過ぎ、黒髪は松葉(ナラ)のごとく硬く、体躯(ビイ)豺狼(チョエ・ブリ)のごとく軟らかい。その三白眼にて睚眥(がいさい)(注1)すれば壮士もこれを怖れ、睥睨(へいげい)(注2)すれば強兵もこれを避く。(ウルドゥ)()りては天下に(なら)ぶものなき勇士。その名は、カー。


「行ってジャライルに伝えよ。戦法を()える。竜騎士は平原に逃れるつもりだ。ならば道を開けて通してよい」


 カーは、(フムスグ)(しか)めて訊き返す。


「すみません、俺が聞き違えましたか。姐さんは敵を逃がしてもよいと言いましたかね」


「ああ、言ったよ。城をくれるって言うなら、それでいいんだ。去ろうとするものの道をわざわざ(ふさ)いで兵を減らすのは、愚かもののすることだ」


「ははあ、得心がいきました。伝えてきます」


 行こうとするのを呼び止めて、


「そのあとお前は、お前の渾名(あだな)が示す任務をやるんだ」


「へえ、それは?」


「お前の異名は『殺人剣』。敵将の一人や二人、(ほふ)ってこられるだろう」


 カーは呵々と笑って、


「もちろん。容易(たやす)いことです」


「亜喪神によると、チルゲイなる策士があるそうだ。できればそいつをやれ」


「承知しました」


 言うや、剣を抜き放って馬腹を蹴る。そのまま前線に駆け入って、まずはジャライルに主命を伝える。それを受けて命を下せば、たちまち陣形(バイダル)は変ずる。なるべく敵の正面を避けて、側面から矢を射かける。


 西域(ハラ・ガヂャル)軍の変化は、すぐにカトメイらの気づくところとなる。


「おお、実に好い(サイン)敵人(ダイスンクン)のうちに道理(ヨス)の解るものがあると見える。ひと息に突っきってくれようぞ」


 鞍上に身を伏せて、疾駆(ツォギオ)する。ときどき近づくものは一撃に退ける。カトメイの兵は、錐のごとく、(マングス)のごとく連なって、敵陣を駆け抜ける。


 西域軍はこれを見送ってから、おもむろに追撃に移る。後尾に喰らいついて、遅れたものから討ち取っていく。


 追撃する中に、カーの姿(カラア)もある。(アクタ)を駆りつつ、じっと敵軍を観ていたが、やがてふっと笑って一気に足を速める。


 するすると進んでいくかと思えば、(にわ)かに敵中に突入する。あわてて向かってくる兵を片端から斬り伏せる。すべて一撃、得物を交える暇すら与えない。


「見つけたぞ、チルゲイ」


 鋭い視線の先にいたのは、たしかに奇人。もちろん(ヌル)は知らぬはずだが、狩りの獲物(ゴロスエン・ゴルウリ)瞬時(トゥルバス)に嗅ぎ分ける能力(エルデム)こそ、殺人剣の殺人剣たる所以(ゆえん)


「策士らしいが、見たところ剣はそれほど使えない。周囲にあるものも難敵ではない。これはもらったな」


 カーは喜び(ヂルガラン)(セトゲル)を躍らせつつ、馬を()かせる。

(注1)【睚眥(がいさい)】目を怒らして睨むこと。またその目つき。


(注2)【睥睨(へいげい)】睨みつけて勢いを示すこと。横目でじろりと睨みつけること。

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